愛の答
-拓也の話-
深雪は俺の顔をマジマジと見ながら慎吾の過去話を聞き終えた。
『なんか・・・ドラマ見たいな話だね』
『だろ?俺も最初は酔った勢いで話した作り話かと思ってたんだけど、作り話にしては話がしっかりしてるだろ?それに、リンチの時についた傷もまだ残ってたんだよ』
『マジ?うっわぁ・・・そりゃ女恐怖症にもなるかも』
ブゥゥ!ブゥゥと、俺が慎吾の過去話を深雪に長たらしく話し終えた頃、
携帯に着信が入った。
『あ、女恐怖症からだ』
携帯を耳にあてる。
『拓!マジシカトかよ!?俺は一刻も早く孤独の一匹狼生活から脱出したいわけだ!その辺、友として分かるよな?』
『ははは、ごめん。今、お前の話をしてたんだ』
『俺の?』
『うん。それより、女恐怖症は改善したのか?』
『ばぁか!誰が女恐怖症だよ!世界の女は俺の為に生きてるようなもんだ!』
人は変わるものだなと思った。
『なら紹介いらないだろ?』
『拓ぅ』
慎吾からの甘たらしい声に、嗚咽を憶えながらも会話を続けた。
『あ、そうだ。拓お前さ、本気で今の仕事やめられなくなったんだな?』
『?・・・どうして?』
『はぁぁ。そうやってしらばっくれんのか。高校の時の友情は跡形もなく塵と化したわけか』
『え!?お前何言ってんだよ!?』
『いいよいいよ。式にも呼んでくれなかったしな』
『だからぁ!うち等は式は挙げてねぇっつうの!それより何だよ!?マジわけわかんね』
『お前なぁ!性行為は我が子を作る為の、伝統的儀式だぞ!?
それをさ・・・後先考えず自らの欲求の為だけに』
『昼間から一体何の話だよ!?』
『あぁ!もういい!超ド頭きた!気遣って口にしなかったのに!
幸せは拓だけに注ぐものなんだろうよ。我が子の笑顔が可愛い時期だろ?
出産の知らせくらい聞かせてくれたってよかったのに』
『はぁ?』
『二、三歳ってのは一番初々しい時期だもんな。名前は何にしたの?』
ここで初めて慎吾が言いたいことが理解出来た。
『あのなぁ・・・どこで知ったかしらねぇけど、お前こっちの事情も知らないで、よくそんな事を』
『何ぃ!?事情だと!?話せよ!避妊具に穴開いてたとか?
だとしたら、その犯人は俺だ。許せ』
『お前そんな事したのかよ』
『それじゃねぇの?・・・事情?覚えてないな。色々仕掛けたからな・・・』頭が痛くなってきた。
『どうでもいいけど、これだけは言っておく!沙梨はうち等の子供じゃねぇんだよ!』
『・・・』
受話器の向こう側が静寂化している。
『・・・どうした、黙り込んで』
『沙梨・・・か。またお洒落な名前付けちゃってさ。
完全に今、俺を見下したよね?そうか、俺の電話を一刻も早く切って、
娘、沙梨を抱き締めてやりたいだろうよ』
『だからぁ』
『もういい!小野夫妻なんてアボカドだ!』
『いや、悪口になってねぇよ』
ツゥゥ、ツゥゥ、ツゥ・・・切れた通話。
『こ、こいつ・・・』
深雪が腹を抱えて笑っていた。
『あはは!切られたの?』
『マジで分けわかんねぇよ』
『じぃ!』
『・・・どうした?』
沙梨から、【じぃ】と言われても抵抗を憶えなくなった季節。
じめじめとした六月に差し掛かろうとしていた。
毎日毎日雨が続き、俺の単車も錆が付き始めていた。
『じぃは、どうしてママと結婚したの?』
それは沙梨からの唐突な質問だった。
『何だよ、急な質問だな』
『どうして?』
『・・・好きだからだよ』
『・・・じぃは私の事が嫌い?』
『!・・・お前、何言ってんだよ?』
『・・・ううん』
沙梨は突然三歳児とは思えない程大人びた言葉を口にする少女だった。
『拓!沙梨ちゃん!ご飯だよ!』
下の階から深雪の声が聞こえた。
それと同時に家のチャイムが鳴った。
俺は沙梨を居間に促し、玄関に向かった。
『夜遅くすみません』
『いや、別に平気ですけど』
島津さんだった。
『今日はどうします?』
『あ、今日はここで平気です。沙梨ちゃんの両親に関する重要な情報は手に入れてないもので。ただ・・・』
『ただ?』
『沙梨ちゃんが手にしていた手紙の筆跡は男性の癖に近いという事が分かりました』
『・・・まぁ、そりゃ沙梨に接触したのは男だったんでしょ?』
『そう言われると本当に何も進展はないと伝えるしかないの』
『あ・・・すんません。いや、まぁ、そういう細かな事でもいいんで連絡下さい。最近、俺まで情が移ってきそうだから』
『ごめんなさい。沙梨ちゃんの将来に係わることだから、事が動くよう仕向ける事も出来なくて。今日はこれで失礼します』
『あ、どうもお疲れ様です』
沙梨との奇妙な生活が、段々と当たり前のようになってきていた。
朝の目覚ましは沙梨のボディープレス。
仕事に行って、くたくたで帰ってくるとそこには沙梨の笑顔があった。
それが当たり前のように。
『・・・まずいな』
『拓!いつまで寝てるのよ!』
『んん!・・・何だよ。今日は日曜だろ?』
『はぁぁ・・・昨日寝る前に散々言ったでしょ!?今日は買い物行こうって!』『・・・あぁ、そうか。いや、沙梨の目覚ましがないからさ』
『拓が日曜日はボディープレス禁止って言ったんでしょ?沙梨ちゃんの方がよっぽど利口ね』
『・・・うるせぇ』
外を見渡すと、ムカつくくらい晴天。
雨が続いていれば天気を理由に買い物をキャンセル出来たのに。
渋々用意して車に乗り込むと、『じぃ!遅い!』
『な、何でお前がいんだよ!』
沙梨が後部座席にちゃっかり座っていた。
後部座席のドアが開き、深雪が沙梨の隣に座る。
『沙梨連れてくのかよ?』
『当然!何より今日は沙梨ちゃんの洋服を買いに行くんだし!』
・・・それは聞いてないです・・・。
どこにでもある、安価で高品質な衣類。
それで充分だとぶつくさ言いながら俺は車を出す。
目的地までの道程をこの晴天が続くことはなかった。
『・・・最悪』
駅前のパーキングに停めた頃には土砂降り。
天候に唾を吐き、中指を雨に向かって突き付けた・・・心の中で。
沙梨は呑気に歌を歌っている。
何が、ピチピチジャブジャブランランランだ!
幸い、車に二本傘を入れていたのでズブ濡れになる事はなかった。
駅周辺の店を転々と歩いた。
雨の駅。先頭を立つ沙梨が振り返る。
雨露に濡れた笑顔を見た。
そこに、想いを感じた。
再び歩き出す沙梨に対し、小さく呟く。
『嬉しそうだな?』
背中から返事が聞こえた気がした、初夏の天。
深雪は俺の顔をマジマジと見ながら慎吾の過去話を聞き終えた。
『なんか・・・ドラマ見たいな話だね』
『だろ?俺も最初は酔った勢いで話した作り話かと思ってたんだけど、作り話にしては話がしっかりしてるだろ?それに、リンチの時についた傷もまだ残ってたんだよ』
『マジ?うっわぁ・・・そりゃ女恐怖症にもなるかも』
ブゥゥ!ブゥゥと、俺が慎吾の過去話を深雪に長たらしく話し終えた頃、
携帯に着信が入った。
『あ、女恐怖症からだ』
携帯を耳にあてる。
『拓!マジシカトかよ!?俺は一刻も早く孤独の一匹狼生活から脱出したいわけだ!その辺、友として分かるよな?』
『ははは、ごめん。今、お前の話をしてたんだ』
『俺の?』
『うん。それより、女恐怖症は改善したのか?』
『ばぁか!誰が女恐怖症だよ!世界の女は俺の為に生きてるようなもんだ!』
人は変わるものだなと思った。
『なら紹介いらないだろ?』
『拓ぅ』
慎吾からの甘たらしい声に、嗚咽を憶えながらも会話を続けた。
『あ、そうだ。拓お前さ、本気で今の仕事やめられなくなったんだな?』
『?・・・どうして?』
『はぁぁ。そうやってしらばっくれんのか。高校の時の友情は跡形もなく塵と化したわけか』
『え!?お前何言ってんだよ!?』
『いいよいいよ。式にも呼んでくれなかったしな』
『だからぁ!うち等は式は挙げてねぇっつうの!それより何だよ!?マジわけわかんね』
『お前なぁ!性行為は我が子を作る為の、伝統的儀式だぞ!?
それをさ・・・後先考えず自らの欲求の為だけに』
『昼間から一体何の話だよ!?』
『あぁ!もういい!超ド頭きた!気遣って口にしなかったのに!
幸せは拓だけに注ぐものなんだろうよ。我が子の笑顔が可愛い時期だろ?
出産の知らせくらい聞かせてくれたってよかったのに』
『はぁ?』
『二、三歳ってのは一番初々しい時期だもんな。名前は何にしたの?』
ここで初めて慎吾が言いたいことが理解出来た。
『あのなぁ・・・どこで知ったかしらねぇけど、お前こっちの事情も知らないで、よくそんな事を』
『何ぃ!?事情だと!?話せよ!避妊具に穴開いてたとか?
だとしたら、その犯人は俺だ。許せ』
『お前そんな事したのかよ』
『それじゃねぇの?・・・事情?覚えてないな。色々仕掛けたからな・・・』頭が痛くなってきた。
『どうでもいいけど、これだけは言っておく!沙梨はうち等の子供じゃねぇんだよ!』
『・・・』
受話器の向こう側が静寂化している。
『・・・どうした、黙り込んで』
『沙梨・・・か。またお洒落な名前付けちゃってさ。
完全に今、俺を見下したよね?そうか、俺の電話を一刻も早く切って、
娘、沙梨を抱き締めてやりたいだろうよ』
『だからぁ』
『もういい!小野夫妻なんてアボカドだ!』
『いや、悪口になってねぇよ』
ツゥゥ、ツゥゥ、ツゥ・・・切れた通話。
『こ、こいつ・・・』
深雪が腹を抱えて笑っていた。
『あはは!切られたの?』
『マジで分けわかんねぇよ』
『じぃ!』
『・・・どうした?』
沙梨から、【じぃ】と言われても抵抗を憶えなくなった季節。
じめじめとした六月に差し掛かろうとしていた。
毎日毎日雨が続き、俺の単車も錆が付き始めていた。
『じぃは、どうしてママと結婚したの?』
それは沙梨からの唐突な質問だった。
『何だよ、急な質問だな』
『どうして?』
『・・・好きだからだよ』
『・・・じぃは私の事が嫌い?』
『!・・・お前、何言ってんだよ?』
『・・・ううん』
沙梨は突然三歳児とは思えない程大人びた言葉を口にする少女だった。
『拓!沙梨ちゃん!ご飯だよ!』
下の階から深雪の声が聞こえた。
それと同時に家のチャイムが鳴った。
俺は沙梨を居間に促し、玄関に向かった。
『夜遅くすみません』
『いや、別に平気ですけど』
島津さんだった。
『今日はどうします?』
『あ、今日はここで平気です。沙梨ちゃんの両親に関する重要な情報は手に入れてないもので。ただ・・・』
『ただ?』
『沙梨ちゃんが手にしていた手紙の筆跡は男性の癖に近いという事が分かりました』
『・・・まぁ、そりゃ沙梨に接触したのは男だったんでしょ?』
『そう言われると本当に何も進展はないと伝えるしかないの』
『あ・・・すんません。いや、まぁ、そういう細かな事でもいいんで連絡下さい。最近、俺まで情が移ってきそうだから』
『ごめんなさい。沙梨ちゃんの将来に係わることだから、事が動くよう仕向ける事も出来なくて。今日はこれで失礼します』
『あ、どうもお疲れ様です』
沙梨との奇妙な生活が、段々と当たり前のようになってきていた。
朝の目覚ましは沙梨のボディープレス。
仕事に行って、くたくたで帰ってくるとそこには沙梨の笑顔があった。
それが当たり前のように。
『・・・まずいな』
『拓!いつまで寝てるのよ!』
『んん!・・・何だよ。今日は日曜だろ?』
『はぁぁ・・・昨日寝る前に散々言ったでしょ!?今日は買い物行こうって!』『・・・あぁ、そうか。いや、沙梨の目覚ましがないからさ』
『拓が日曜日はボディープレス禁止って言ったんでしょ?沙梨ちゃんの方がよっぽど利口ね』
『・・・うるせぇ』
外を見渡すと、ムカつくくらい晴天。
雨が続いていれば天気を理由に買い物をキャンセル出来たのに。
渋々用意して車に乗り込むと、『じぃ!遅い!』
『な、何でお前がいんだよ!』
沙梨が後部座席にちゃっかり座っていた。
後部座席のドアが開き、深雪が沙梨の隣に座る。
『沙梨連れてくのかよ?』
『当然!何より今日は沙梨ちゃんの洋服を買いに行くんだし!』
・・・それは聞いてないです・・・。
どこにでもある、安価で高品質な衣類。
それで充分だとぶつくさ言いながら俺は車を出す。
目的地までの道程をこの晴天が続くことはなかった。
『・・・最悪』
駅前のパーキングに停めた頃には土砂降り。
天候に唾を吐き、中指を雨に向かって突き付けた・・・心の中で。
沙梨は呑気に歌を歌っている。
何が、ピチピチジャブジャブランランランだ!
幸い、車に二本傘を入れていたのでズブ濡れになる事はなかった。
駅周辺の店を転々と歩いた。
雨の駅。先頭を立つ沙梨が振り返る。
雨露に濡れた笑顔を見た。
そこに、想いを感じた。
再び歩き出す沙梨に対し、小さく呟く。
『嬉しそうだな?』
背中から返事が聞こえた気がした、初夏の天。