愛の答
『沙梨ちゃん、泣いてたね』
『あの泣き虫は治りそうにもないな。たかが一日会わないだけなのに』
『三歳児がそんな事理解出来るわけないでしょ?』
旅行当日。
分かっていたとはいえ、苦労した。
沙梨は俺や深雪の脚に泣きながらしがみ付き、離れようとしなかった。
俺の両親や、島津さんが沙梨を宥め続けてくれた。
当初、沙梨も連れて三人で出掛けようと案を出したが、
【遠出に於ける危険性】を島津さんが口にした。
いざ、旅先で沙梨に危険が及んだ場合の事を考えると、その案を断念せざるを得なかった。
俺の運転で、二人は着実に旅館に近付いていた。
車内では、お互い病の話は伏せていた。
『それにしてもよぉ!本当にこんな山奥に旅館なんてあんのかよ!?』
ガタガタと俺の愛車が凸凹を踏張りながら走り続ける。
場所は・・・不明。
カーナビが確実に目的地に案内してくれているのだが、それでも不安が感じる未知の山道を走り続けていた。
『あった!』
深雪の甲高い声に俺は驚きながら、深雪が指差す方向を見た。
『はぁ・・・マジか。随分とまぁ』
それは誰が見ても明らかに、【立派】な旅館であり、一泊とはいえゴージャスな時間が過ごせる予想が出来た。
和を強くイメージさせる建物は勿論、装飾されたもの全て・・・
佇む空気感に飲まれそうになった。
これだけの世界を生み出しながら、周辺の緑と違和感なく調和されているのが不思議だなっと思った。
旅館のスタッフに誘導され、車を駐車場に停める。
荷物を渡し、ロビーで手続きを済ませた。
その間、深雪は旅館から見える絶景にうっとりしていた。
『何、乙女心燃やしてんだ?早く行くぞ』
俺が先に行くと、深雪は早歩きで俺に近付き、
パン!と、俺の臀部を叩いた。
案内された部屋は七階。
この旅館の最上階で、この辺にも島津さんからのプレゼントの質が伺えた。
『うっわぁ!・・・』
言葉を失っている深雪。
声も出ない景色。
『そんな、深雪はいつも大袈裟なんだ・・・よ』
言葉も出ない。
『島津さんに感謝しないとね拓』
『・・・だな』
夕食の時間までまだ余裕があったので、二人は旅館前に立ち並ぶ露店を見に行く事にした。
地元よりか、北のせいか?少し、この時間にしてはタンクトップ一枚では肌寒さを感じた。
ガヤガヤと賑わう露店道。
八月という事もあり、小規模ではあるが祭りが開催されていると、
旅館のスタッフから聞いていた。
人混みで賑わう中に身を任せるように置いた。
この中で・・・今、一番幸せなのは誰だろう?
じゃれついたあのカップル?
手を取り合いながら歩く老夫婦?
威勢よくたこ焼きを作るおじさん?
そのたこ焼きを口いっぱいに頬張る子供?
それとも・・・あの木に止まっている蝉?
『拓、何かお土産買っていかないとね』
俺の手を引っ張る・・・深雪?
『いらっしゃいませ。こちらからお入り下さい』
夕食の時間。
宴会場に並べられたテーブルと椅子。
中心に置かれた数々の料理。
バイキング式になっており、皆それぞれ好きな物を好きなだけ器に乗せて周っている。
とりあえず俺も好きな物だけを器に乗せていった。
先にテーブルに居た深雪が言う。
『拓・・・一つ席違いで食べようか?』
『あ!?何言ってんだよお前』
『何もくそもないじゃん!どうしてご飯の時にこんなにデザートを盛ってくるの!?』
深雪が指差すデザートとは・・・
『馬鹿言うな。饅頭は立派な主食だ』
大皿に山盛りに盛られた饅頭。
まぁ、確かに他の人はやってない代物だ。
『深雪だって人のこと言えないだろ?
飯だっていうのに、そんな葉っぱばかり盛ってきてよ』
『野菜を摂らなきゃ駄目なの!健康第一だよ』
『なら、饅頭食え。ほら』
全力で拒否られた。
やっぱり、連れてくれば良かった・・・そう思った。
確かに、今現在沙梨の周りで起きている事は常識的には考えられない事。
下手すれば沙梨の身に危険が迫る可能性も大いに有り得る。
それでも・・・あいつにこの景色を見せてやりたかった。
最上階に位置する露天風呂からの眺めは絶景そのものだった。
三歳児の沙梨でも、きっと喜んでくれたに違いない。
風呂から上がり部屋に戻ると、深雪がTVを見てた。
ちなみに番組は、あの大家族のやつだ。
『相変わらずの長風呂だね』
『お前な・・・こんな所まで来てTVに夢中になるなよ』
『いや、勿論録画はしてきたんだけどさ、つい見たくなって』
『そうかよ。ちょっと、旅館の中散歩してくるわ』
『・・・誘ってくれないの?』
『そのTVやってる時は何言っても聞く耳持たずじゃん?』
『そうなの。ごめんね』と、深雪は再びTVに視線を移した。
浴衣姿に着替え、廊下の窓から見える景色に目をくれた。
漆黒の闇が旅館を覆う。
その闇は、恐怖を取り除くような、【明るい闇】だった。
今度は、この景色を沙梨に見せてやりたい。
そして、沙梨の中に潜む、【本当の闇】を、この闇で覆ってしまえば・・・
あいつは永遠に笑っていられるだろう・・・永遠に。
『考え事か何かで?』
『!・・・え?』
鳳凰の間と名付けられた寛ぎエリアで煙草を吸っていたら、従業員に声をかけられた。
一見した感じ、やや腰が曲がり、白髪交じりの頭髪。顔の皺も見て取れる。
還暦は迎えているであろう女性だった。
不意に声を掛けられた為、俺は軽く煙草の煙を詰まらせむせた。
涙目になる俺に対し、『大丈夫ですか?驚かせてしまいすみません』と、
謝罪を示してきた。
首を振りながら数回咽た後、少し深めに呼吸した。
俺が息を整え終えた頃を見計らい、
『ライトアップされた花園をただただ見つめて・・・少し考え事かと思って』従業員の言葉に対し答えた。
『いや・・・考え事はとくに。ただ、あまりにも今の時間が嘘のようで』
『と言いますと?』
『いやぁ。その辺の中年サラリーマンと同じですよ。毎日毎日、同じ事の繰り返し。起きては仕事。寝ては仕事・・・このまま俺の人生終わっちゃうのかなって。そう思って生きてました。だから今目の前の世界が・・・って、
何だかすんません。勝手に語り出しちゃって』
『いやいや。あなたはしっかりしてますよ。私なんてそれはもう』
『高津さん!何をしてるんですか!?』
突如二人の会話に侵入してくる声。
会話が途中で途切れてしまった。
会話を途切った男性従業員が、喜怒哀楽で言えば、【怒】の表情でこちらに向かってきた。
高津と呼ばれた女性に近付き、ヒソヒソと声を漏らす。
小声も空しく、その声は俺にも聞こえていた。
『困るんですよ高津さん。従業員はこの間に入る時は清掃のみです。
お客様も、お客様自身の時間をあなたの愚痴で潰されたら堪ったもんじゃないですよ』
少し頭にきた。
『いや、別に俺は構いませんけど』
俺が男性従業員に歯向かおうという態度を見せた瞬間、
『申し訳ございません舞豆さん』と、婆さんはペコペコと折れてしまいそうな腰を何度も何度も下げてその間を去った。
『ま・・・舞豆』
当然結び繋がるのはこの旅館名。
『大変失礼致しました』
『いや・・・それより舞豆って事は・・・あなたがこの旅館の経営者?』
『はい。私、我が旅館の経営を任されております、舞豆と申します』
三十前後に見える男の顔を凝視した。
キリっと伸びた鼻が印象的で、顔一面に清潔感が出ている。
『あ、あの・・・何か御用でしょうか?』
『あ、いえ・・・』
見た事のない顔だ。当然だ。見た事あるわけがない。
それなのに、俺の脳が何かを捉えている。
『舞豆さんは、俺の事・・・い、いや!何でもないっす』
『左様でございますか。それではごゆっくりと』
・・・俺の勘違い。
そう思い込んだ。しかし、この時俺の勘が冴えていれば・・・。
『あの泣き虫は治りそうにもないな。たかが一日会わないだけなのに』
『三歳児がそんな事理解出来るわけないでしょ?』
旅行当日。
分かっていたとはいえ、苦労した。
沙梨は俺や深雪の脚に泣きながらしがみ付き、離れようとしなかった。
俺の両親や、島津さんが沙梨を宥め続けてくれた。
当初、沙梨も連れて三人で出掛けようと案を出したが、
【遠出に於ける危険性】を島津さんが口にした。
いざ、旅先で沙梨に危険が及んだ場合の事を考えると、その案を断念せざるを得なかった。
俺の運転で、二人は着実に旅館に近付いていた。
車内では、お互い病の話は伏せていた。
『それにしてもよぉ!本当にこんな山奥に旅館なんてあんのかよ!?』
ガタガタと俺の愛車が凸凹を踏張りながら走り続ける。
場所は・・・不明。
カーナビが確実に目的地に案内してくれているのだが、それでも不安が感じる未知の山道を走り続けていた。
『あった!』
深雪の甲高い声に俺は驚きながら、深雪が指差す方向を見た。
『はぁ・・・マジか。随分とまぁ』
それは誰が見ても明らかに、【立派】な旅館であり、一泊とはいえゴージャスな時間が過ごせる予想が出来た。
和を強くイメージさせる建物は勿論、装飾されたもの全て・・・
佇む空気感に飲まれそうになった。
これだけの世界を生み出しながら、周辺の緑と違和感なく調和されているのが不思議だなっと思った。
旅館のスタッフに誘導され、車を駐車場に停める。
荷物を渡し、ロビーで手続きを済ませた。
その間、深雪は旅館から見える絶景にうっとりしていた。
『何、乙女心燃やしてんだ?早く行くぞ』
俺が先に行くと、深雪は早歩きで俺に近付き、
パン!と、俺の臀部を叩いた。
案内された部屋は七階。
この旅館の最上階で、この辺にも島津さんからのプレゼントの質が伺えた。
『うっわぁ!・・・』
言葉を失っている深雪。
声も出ない景色。
『そんな、深雪はいつも大袈裟なんだ・・・よ』
言葉も出ない。
『島津さんに感謝しないとね拓』
『・・・だな』
夕食の時間までまだ余裕があったので、二人は旅館前に立ち並ぶ露店を見に行く事にした。
地元よりか、北のせいか?少し、この時間にしてはタンクトップ一枚では肌寒さを感じた。
ガヤガヤと賑わう露店道。
八月という事もあり、小規模ではあるが祭りが開催されていると、
旅館のスタッフから聞いていた。
人混みで賑わう中に身を任せるように置いた。
この中で・・・今、一番幸せなのは誰だろう?
じゃれついたあのカップル?
手を取り合いながら歩く老夫婦?
威勢よくたこ焼きを作るおじさん?
そのたこ焼きを口いっぱいに頬張る子供?
それとも・・・あの木に止まっている蝉?
『拓、何かお土産買っていかないとね』
俺の手を引っ張る・・・深雪?
『いらっしゃいませ。こちらからお入り下さい』
夕食の時間。
宴会場に並べられたテーブルと椅子。
中心に置かれた数々の料理。
バイキング式になっており、皆それぞれ好きな物を好きなだけ器に乗せて周っている。
とりあえず俺も好きな物だけを器に乗せていった。
先にテーブルに居た深雪が言う。
『拓・・・一つ席違いで食べようか?』
『あ!?何言ってんだよお前』
『何もくそもないじゃん!どうしてご飯の時にこんなにデザートを盛ってくるの!?』
深雪が指差すデザートとは・・・
『馬鹿言うな。饅頭は立派な主食だ』
大皿に山盛りに盛られた饅頭。
まぁ、確かに他の人はやってない代物だ。
『深雪だって人のこと言えないだろ?
飯だっていうのに、そんな葉っぱばかり盛ってきてよ』
『野菜を摂らなきゃ駄目なの!健康第一だよ』
『なら、饅頭食え。ほら』
全力で拒否られた。
やっぱり、連れてくれば良かった・・・そう思った。
確かに、今現在沙梨の周りで起きている事は常識的には考えられない事。
下手すれば沙梨の身に危険が迫る可能性も大いに有り得る。
それでも・・・あいつにこの景色を見せてやりたかった。
最上階に位置する露天風呂からの眺めは絶景そのものだった。
三歳児の沙梨でも、きっと喜んでくれたに違いない。
風呂から上がり部屋に戻ると、深雪がTVを見てた。
ちなみに番組は、あの大家族のやつだ。
『相変わらずの長風呂だね』
『お前な・・・こんな所まで来てTVに夢中になるなよ』
『いや、勿論録画はしてきたんだけどさ、つい見たくなって』
『そうかよ。ちょっと、旅館の中散歩してくるわ』
『・・・誘ってくれないの?』
『そのTVやってる時は何言っても聞く耳持たずじゃん?』
『そうなの。ごめんね』と、深雪は再びTVに視線を移した。
浴衣姿に着替え、廊下の窓から見える景色に目をくれた。
漆黒の闇が旅館を覆う。
その闇は、恐怖を取り除くような、【明るい闇】だった。
今度は、この景色を沙梨に見せてやりたい。
そして、沙梨の中に潜む、【本当の闇】を、この闇で覆ってしまえば・・・
あいつは永遠に笑っていられるだろう・・・永遠に。
『考え事か何かで?』
『!・・・え?』
鳳凰の間と名付けられた寛ぎエリアで煙草を吸っていたら、従業員に声をかけられた。
一見した感じ、やや腰が曲がり、白髪交じりの頭髪。顔の皺も見て取れる。
還暦は迎えているであろう女性だった。
不意に声を掛けられた為、俺は軽く煙草の煙を詰まらせむせた。
涙目になる俺に対し、『大丈夫ですか?驚かせてしまいすみません』と、
謝罪を示してきた。
首を振りながら数回咽た後、少し深めに呼吸した。
俺が息を整え終えた頃を見計らい、
『ライトアップされた花園をただただ見つめて・・・少し考え事かと思って』従業員の言葉に対し答えた。
『いや・・・考え事はとくに。ただ、あまりにも今の時間が嘘のようで』
『と言いますと?』
『いやぁ。その辺の中年サラリーマンと同じですよ。毎日毎日、同じ事の繰り返し。起きては仕事。寝ては仕事・・・このまま俺の人生終わっちゃうのかなって。そう思って生きてました。だから今目の前の世界が・・・って、
何だかすんません。勝手に語り出しちゃって』
『いやいや。あなたはしっかりしてますよ。私なんてそれはもう』
『高津さん!何をしてるんですか!?』
突如二人の会話に侵入してくる声。
会話が途中で途切れてしまった。
会話を途切った男性従業員が、喜怒哀楽で言えば、【怒】の表情でこちらに向かってきた。
高津と呼ばれた女性に近付き、ヒソヒソと声を漏らす。
小声も空しく、その声は俺にも聞こえていた。
『困るんですよ高津さん。従業員はこの間に入る時は清掃のみです。
お客様も、お客様自身の時間をあなたの愚痴で潰されたら堪ったもんじゃないですよ』
少し頭にきた。
『いや、別に俺は構いませんけど』
俺が男性従業員に歯向かおうという態度を見せた瞬間、
『申し訳ございません舞豆さん』と、婆さんはペコペコと折れてしまいそうな腰を何度も何度も下げてその間を去った。
『ま・・・舞豆』
当然結び繋がるのはこの旅館名。
『大変失礼致しました』
『いや・・・それより舞豆って事は・・・あなたがこの旅館の経営者?』
『はい。私、我が旅館の経営を任されております、舞豆と申します』
三十前後に見える男の顔を凝視した。
キリっと伸びた鼻が印象的で、顔一面に清潔感が出ている。
『あ、あの・・・何か御用でしょうか?』
『あ、いえ・・・』
見た事のない顔だ。当然だ。見た事あるわけがない。
それなのに、俺の脳が何かを捉えている。
『舞豆さんは、俺の事・・・い、いや!何でもないっす』
『左様でございますか。それではごゆっくりと』
・・・俺の勘違い。
そう思い込んだ。しかし、この時俺の勘が冴えていれば・・・。