愛の答
見えた真実、遠方の裁き
生きる為の意味はない。
生きているから意味があるんだ。
お前のその両手は、誰の為の物だ?
違う。それは違う。
四肢全て、お前の物だ。
自分を守れるようになったら・・・誰かを守ってやれ。
沙梨に伝えたい言葉は、自分自身に返ってきた。
今、俺は守るべき人が居る。
それが真実だ。
『この手紙全て・・・島津が書いたってわけか。
確かに、それなら二枚目の手紙の違和感も納得出来る』
『違和感?』
『だってそうだろ?
男が沙梨に接触したって言ってたけど、何かおかしいと思ったんだ。
そんな綺麗に事が済むわけない。つまり、沙梨に渡された手紙は二枚。
沙梨から預かったという手紙はフェイクで、島津が直接俺に渡してきた。
そうなると、自然に考えられるのは、デパートで沙梨に接触した男が島津の旦那で間違いないな』
『そう考えるのが妥当だと思う』
『・・・これ等は、本当に島津の字なのか?』
俺の問いは当然だった。
三枚の手紙・・・筆跡が証拠として我が家にある。
その状態で差出し人を本名で送ってくる神経が疑えた。
『先入観だよ』
『え?』
深雪が俺の疑問に答える。
『初期捜査段階であの人は私達に伝えているでしょう?
筆跡の癖が男であると』
『!』
確かに言っていた。
『沙梨ちゃんに渡されたとされる手紙の送り主は男・・・そう私達にインプットさせておいたからこそ、こんな大胆な行動に出たんだと思う。
そしてタイミングも絶妙だった。
旦那と子供を一気に失った私の精神状態を見計らって送られてきた』
身体共に傷を負った状態・・・筆跡を気にする余裕も無いだろう・・・
そのタイミングを島津は狙ってきたという事になる。
『本当に・・・本当にたまたまだよ。私の精神が崩壊する一歩前だったって言っても過言じゃない』
深雪は・・・島津の想定した精神力を凌駕していた。
負けられない・・・単純な想いではあるが、とても芯が通った想いが、
島津の計算を狂わせた。
『・・・それでも』
俺が続ける。
『この手紙を書く為に筆を取ったのが、島津だっていう証拠にはならないだろう?』
ここまできた以上、中途半端には終わらせられない。
確かな証拠を掴まないと・・・。
そう思う俺に対し、深雪は自信満々だった。
『島津の字よ。間違いない』
『その根拠は?』
『立浪さんに頼んだの』
『!・・・へぇ』
『・・・何?』
『いや・・・』
俺は嬉しくて仕方がなかった。
深雪は、俺なんかよりずっとクレバーな人間なんだってことに気付いたから。全ての証拠を深雪が集めてきてくれた。
だから、俺は全てに止めを刺す。
『それで、立浪さんに頼んで、どんな証拠を手に入れたんだ?』
『言うまでもないわ。たまたま立浪さんの知人に、筆跡鑑定を職にする人が居たの』
『その人の結果が・・・』
『鑑定結果は、ほぼ間違いなく女性の字。
四枚全てが同一人物。
つまり、島津は警察の捜査と言いつつ、私達に虚偽報告を行ったのよ』
『・・・なるほど』
そう・・・大事なのは、誰の筆跡か?ではなく、島津の報告に合ったのだ。
虚偽報告・・・そして、同じ筆跡の四枚の手紙。
『・・・それでも、それでも尚、百パーセントとは言えないだろ?』
俺の問いに対し、指紋よ、と深雪は答えた。
『これも立浪さんの協力を得て調べてもらったの。手紙に残された指紋の照合を頼んだの』
『指紋・・・でも、警察で調べる時に島津が触ったかも』
『警察は証拠物品を手にする時は必ず手袋をはめるものよ』
刑事ドラマや、映画のシーンを思い出して納得した。
『手紙には、私達以外の指紋。つまり手紙の筆者の指紋が残されていたの』
『その指紋をどうやって島津のものだと断定したんだ?』
『いくらでもあるじゃない?』
そう言って深雪は両手を大きく広げた。
あ、そうか、と納得した。
この家に島津は何度も訪れている。
その際に触れた場所は・・・数え切れない。
ここまでの話を聞けば、誰でも推理可能だ。
沙梨の母親は・・・島津だ。

テーブルに両肘を付いて、腕内に頭を入れた。
深雪の旦那である事を誇りに思う。
全てを集めてきてくれた。
待っていろ・・・。
全ての証拠を集めた今、島津夫妻に下す天罰は目の前だ。
『全てを終わらせる為、一旦話をまとめよう』
焦りは禁物だ。
島津夫妻をとことん追い詰めるには、確かな証拠が必要。
証拠が集まっている今、話を全て繋げて一つにする必要がある。
沙梨と出会ってから九ヵ月。
この間に起きた、【冷酷な事件】に終止符を・・・。

俺と深雪が夕食を食べに行った際、一人泣きじゃくる少女を見つける。
それが沙梨。
運命の出会いと言うべきか?
沙梨の手に握られた一枚の手紙。
内容は、【あなたにとって愛とは何ですか?】
ここで話を止めた。
『これは、どういう意味なんだろう?あなたにとって愛とは何ですか?って。島津が書いたわけだから、島津は何かしら伝えたいことがあったんだと思うけど』
四人が黙って考え込んだ。
しかし、この文章の本当の意味を知る事が出来るのはまだ先の事であって、この時は正当な答えは出せないで居た。
そして、警察、両親の許可を得て沙梨はこの家で生活する事になった。
沙梨が我が家に住むようになったのと同時に、
沙梨の実の両親捜索を警察が協力してくれた。
担当は島津。言うまでもない、沙梨の実の母親。
『・・・ここが分からないな。
いや、むしろここが一番ポイントだ。
深雪が手に入れた証拠により割り出せる事は、
島津夫妻は治療法のない病気を持つ沙梨を育てていく自信がなく捨てた。
いや、島津側から言えば、他者に育児を任せた。
この地点で育児放棄という罪は決定されるのに、どうしてわざわざ担当に?
近くに居れば居る程、正体がバレる危険性もあったはずだ』
事実、深雪はこの家に残された指紋を証拠にした。
『上司からの命令とか?』
『うぅん。確かに、選択肢の一つだな。
ただ・・・もしかするとだけど、情に負けたのかも』
『情に負けた?』
『うん。中途半端な心って言えば分かるか?
担当外になれば、所在地は分かっているとは言え、沙梨の顔を見る頻度は、
格段に落ちる。
担当になればいつでも沙梨に会えるしな。
あと、コントロールも出来るよな。
いかに俺達に沙梨をうまく育てさせられるかって』
多数の答えは出るが、ここのポイントは一番の難問。
故に、納得出来る答えを出せずに居た。
沙梨が我が家にきて一つの季節が過ぎようとした頃、
沙梨の身体に病魔が存在しているのでは?と、疑った。
そして同時期に、二枚目の手紙を島津から受け取る。
島津は沙梨に接触した男が沙梨に渡したと言っていたが、
実際は島津が直接俺に渡してきただけ。
【現在ノ医学デワ回復ハ無】
『我が子を心配する情が島津を焦らせたんだ。
すでに島津は、沙梨が発見されていない病を持っている事を知ってたから。
俺と深雪に対してのメッセージだったんだろう』
『心配したって、あんな形じゃ意味が無いよ。
きっと、沙梨ちゃんも実の母親の笑顔を欲してたと思う。
病のせいで、島津が自分の母親だって事も忘れちゃってるっていうのに』
そう・・・ここがポイントだった。
診断の結果、沙梨の脳は退化している状態にあると医師に言われた。
つまり、記憶が徐々に欠落しているのだ。
『島津はその盲点を利用したんだ。
自分の事を覚えられていては話にならないから。
沙梨の病を・・・利用したんだ』
どうしようもない感情が沸き上がってきた。
ぶつけたい憎しみ。沙梨は今だって悲しい顔をしているに違いない。
『話を、続けよう』
            
【時間ガ無イ。記憶ノ細胞ハ今モ破壊サレテイル】
三枚目の手紙は、俺の目の前で沙梨に渡された。
俺は・・・つくづく己の無力さをこの時噛み締めた。
その日は、三人で買い物に出掛けて居た。
買い物と食事を終え、沙梨がトイレから出てきた時の事だった。
この時も、島津はどこかで俺達を見張って居たに違いない。
沙梨の半径数M以内に、俺と深雪が居ない事を確認して、
男は沙梨に接触した。
俺はその様子を見ていた。
けれど、当たり前のように沙梨に駆け寄り、接触した男に謝罪していた。
そして三枚目の手紙の存在に気付き、俺は男を追い掛けた。
男の姿はなかった。
『・・・ん?』
三枚目の手紙の話をしている時、妙な違和感を感じた。
記憶の細胞の奥から溢れ出る記憶液。
『・・・どうしたの拓?』
『いや・・・接触した男・・・その後俺はどこかでまた会ってる気がする』
『あ、この前二人で行った旅館の経営者じゃない?』
『え!?何で?』
確かに、そうだ。
思い出した。
何故今になって違和感を感じたのかは定かではない。
ただ、間違いなく男は同一人物。
何故旅館の時には感じなかったのだろうか?
『やっぱりね・・・』
『え?何で、何で?』
俺は混乱の渦に飲み込まれた。
何故?何故深雪は知っている?
デパートで会った男。
沙梨に接触するのを俺は見た。
けれど、深雪はまだトイレの外には居なかった。
つまりその男の顔を見ていない。
それなのに、何故その男とあの旅館の経営者を繋げられる?
『だって、深雪は男の顔見てないよな?』
『確かにデパートでも旅館でも見て居ない。けど、九分九厘間違いない』
深雪が混乱の渦から救い出してくれそうだ。
そんな、自信に満ちた顔をしていた。
『私も最初は気付かなかった。
島津が沙梨ちゃんの母親じゃないかって疑っていた時、
全てを一から考えてみたの。
沙梨ちゃんと出会った日から今まで、私達の身の回りに起きた出来事をね。
順々に追っていくうち、あの旅行の事を考えることになった。
最初は沙梨ちゃんとは関係ないだろうと思って飛ばそうとした。
けれど・・・何故か自然に出てきたよ』
『・・・』
俺は黙って深雪の話を聞いていた。
『アナグラムよ』
『アナグラム?』
『あの旅館の名前覚えてる?』
『えっと確か・・・まい、まいず・・・舞豆舎だ』
『旅館名をローマ字にするの』
そう言うと、深雪は一枚の紙とペンを用意して、ローマ字を書き始めた。
【MAIZUSHA】と、書かれた。
『・・・これが?』
『まだ分からない?』
深雪がローマ字に矢印を加えた。SとHを囲み先頭へ。
Iをその後ろに。Iが抜けたM・A・Z・Uの四文字を囲みIの後ろへ。
そこには、確かにあった。
【SHIMAZU】のローマ字が。
『ん?Aが残ってるぞ?』
『そこは未だに謎。けど、偶然にしては出来過ぎているでしょ?』
『確かに・・・てことは』
『そう。舞豆舎の経営者が沙梨ちゃんの実の父親』
『・・・全部、俺のせいだ。
俺があの時デパートで会った男とこの経営者を結び付けていれば・・・
こんな事にならなかったはずだ』
『やめて。そんなわけないでしょう。
今、こうして全てを繋げられたんだからいいじゃない』
深雪に慰めの言葉を言ってもらっても、俺の心はどこか宙を浮いていた。
どうしようもない感情が俺を支配していた。
結局、俺は何もしてやれてないんだ。
必死に・・・父親を演じてただけだ。
妙に、泣きたかった。『話、続けよう』
< 35 / 56 >

この作品をシェア

pagetop