愛の答
満ちて花火
本当の死は、生きていても訪れる。
-拓也の話-
(現在)
『・・・今日も冷えそうだ』
白い息を吐きながら、外を見ていた。
十二月十九日。
金曜日の今日は本来仕事だが、休みを貰った。
その際上司から、
『その日休むなら、クリスマスは出勤しろよなぁ』と、釘を刺された。
クリスマスを・・・沙梨と暮らしたいと思った。
『あれ?』
今日は誰かの誕生日だったような気がする。
しかし、思い出せない。
俺が祝ってやらなくても家族が祝ってくれているだろうと、勝手に祝杯を挙げた気になった。
後に知る二つの事実は両極端なものだった。
俺が思い出せないで居た誰かは、高校時代の友人の慎吾であった。
それは何一つ問題なかった。
ただ・・・この日に我が子が四歳を迎える事を、俺は知らなかった。
AM九時。
隣でモゾモゾと動きだす深雪。
深雪も俺同様、仕事を休んでいた。
眠たそうな目を右手人差し指で擦り、
『・・・あれ?今、何時?』と、聞いてきた。
『ちょうど九時』
『・・・夜の?』
『んなわけねぇだろ』
『・・・何でそんなに早起きなの?』
『分からない。勝手に目が覚めた』
『もう少し寝ようよ』
『寝てろよ。疲れてんだろ』
『お互い様じゃん。ふぁあ』
小さな欠伸をした後、
『・・・んん、寒い』再びモゾモゾと布団の中に入っていく深雪。
俺は・・・ただただ外を見ていた。
『今年ももう終わりだね』
『・・・何だそりゃ。まぁ、そうだけど』
『今年は波乱の年だったね』
『確かに。まぁ、まだ未解決だけど』
『今年中に迎えに行こう』
『そうだな』
俺は・・・まだ外を見ていた。
『何を見てるの?』
『・・・外』
『外・・・か。楽しい?』
『・・・別に』
『たった一度の人生だよ?無駄に過ごしちゃ勿体ないよ』
『今の深雪はその勿体ない部分じゃないのか?』
『全然。平日に昼まで寝てる贅沢。存分に楽しまないと』
『そうなんだ』
分かっている。
こんな平凡な会話をしている二人の頭の中は常に沙梨を考えている。
俺達がこんな会話をしている間、沙梨は失った手を探し続けている。
あいつは、他の子と同じじゃないんだ。
他の子のように、施設で出来た友達や空間は沙梨にはない。
保育園や幼稚園じゃないんだ。
それは、地獄にも似る。
今も記憶の細胞は破壊されているんだ。
島津からの手紙が脳裏を反芻する。
もう・・・俺達の事さえ忘れているかもしれない。
掴むべき救いの手がどれなのか分からず、毎日泣いて居るんじゃないのか?
一刻の時も無駄に出来ない。
『深雪。俺達ついてるな。三連休じゃん』
『つまんないよ、そういうの。
大切な事は遠回しに言うもんじゃないよ』
『うん。そうだな。今すぐ沙梨を迎えにいこう』
『それでよし!』
十二月十九日。
AM十一時が過ぎた頃。
『戸締まりよし』
我が家を留守にする事に。
『島津の手紙持ったよな?』
『持ったよ。拓は忘れ物ない?』
『多分ね。まぁ、どうせ今日中に三人で帰ってくるんだし、平気だろ』
三人で我が家に帰る。
ここが重要なポイントだった。
それは不可能な話なのだ。
養子として沙梨を迎える為にも、数多くの段階を乗り越えて行かなければならない。
一からの手続きを半日で済ませる事など、不可能・・・学生でも分かる話だ。
だからこそ敢えて、三人で帰るという言葉を放った。
それ等の言葉に、マイナスを連想させる単語は含まれていない。
全てがうまくいくように・・・言わば願掛けだった。
なんとしても沙梨を俺達家族の元に。
島津の手紙を手掛かりに施設へ向かった。
その道中、沙梨の会話が途切れる事はなかった。
俺も深雪も同じ。
沙梨が恋しいんだ。
出会って僅か一年にも満たない沙梨。
俺達以上に、沙梨は俺達を愛してくれているだろう。
思考を断たず見て、不穏の余興に心は静穏を保てない。
心配したのは、たった一つ。
たった一つだ。
それは、施設が沙梨を養子として受け渡してくれるか?とか、
これから先、沙梨を育てていけるか?とかではない。
あの日、俺達から離された沙梨は、あの日からの俺達を一切知らない。
つまり、幼き子供が処理する記憶が今も俺達を消しているだろう。
そして、言うまでもなく沙梨は大きな病を抱えている。
記憶の細胞が腐敗するという恐ろしい病。
ただでさえ、忘れかけているであろう俺達の事。
それに病が降り掛かる。
言葉にはしなかった。
しなかったけど、もう沙梨の記憶に俺達は居ないだろう。
俺だって馬鹿じゃない。
それくらい分かっている。
そう、分かってるんだ。
覚えているかな?っていう次元じゃない。
もう、奇跡に全てを任せるしかなかった。
沙梨、約束は守るものだろう?
俺はお前との約束何度も破ってきたな。
お前は一度も破らなかった。
幼きながら、責任感っていうのが強いんだな。
毎回のように飛び込んできたボディープレスも、
約束通り日曜日は一回もやってこなかったな。
思い返せば、他の約束もお前は守ってくれてたんだな。
あの日、沙梨・・・お前は俺に約束を突き付けてきたな。
【何でも言うこと聞くから、捨てないで】って・・・
お前、どれだけ俺の知らない所で涙流していた?
そして、その時俺はお前が突き付けてきた約束を受け入れた。
確かに受け入れた。
ただ、それだけ。
受け入れただけで、何もしてない。
言葉だけの約束ほど容易いものなんてない。
改めて知らされた。
だから、約束守る為に今、花火大量に買い込んで向かってるから。
もう少し、もう少しの辛抱だからな。
今まで以上にない微笑みで【パパとママ】を迎えてくれないか?
十二月十九日。
PM一時半過ぎ。
運転席に俺、助手席に深雪。
後部右座席に大量の花火。後部左座席に、絵本を。
勿論、この本は沙梨と出会った時に沙梨に買ってあげた物。
以上を乗せた俺の車が駐車場に停まった。
目の前に広がる、広大な建物。
平屋ではあるが、土地で言うとどれくらいか?
検討も付かない広大な建物・・・養護施設だ。
島津の手紙は確かだった。
書き記されていた住所に確かにあった。
沙梨が今も苦しんでいるであろう、施設・・・
『・・・!』
『どうしたの拓?』
冷静になった今、気付いた。
沙梨が今も苦しんでいるであろう・・・あろう?
『深雪。沙梨は今、病によって記憶が消え続けているんだよな?』
『え?・・・今更、何?』
何でこんな時に気付いてしまったんだろう。
こんな事に・・・。
-拓也の話-
(現在)
『・・・今日も冷えそうだ』
白い息を吐きながら、外を見ていた。
十二月十九日。
金曜日の今日は本来仕事だが、休みを貰った。
その際上司から、
『その日休むなら、クリスマスは出勤しろよなぁ』と、釘を刺された。
クリスマスを・・・沙梨と暮らしたいと思った。
『あれ?』
今日は誰かの誕生日だったような気がする。
しかし、思い出せない。
俺が祝ってやらなくても家族が祝ってくれているだろうと、勝手に祝杯を挙げた気になった。
後に知る二つの事実は両極端なものだった。
俺が思い出せないで居た誰かは、高校時代の友人の慎吾であった。
それは何一つ問題なかった。
ただ・・・この日に我が子が四歳を迎える事を、俺は知らなかった。
AM九時。
隣でモゾモゾと動きだす深雪。
深雪も俺同様、仕事を休んでいた。
眠たそうな目を右手人差し指で擦り、
『・・・あれ?今、何時?』と、聞いてきた。
『ちょうど九時』
『・・・夜の?』
『んなわけねぇだろ』
『・・・何でそんなに早起きなの?』
『分からない。勝手に目が覚めた』
『もう少し寝ようよ』
『寝てろよ。疲れてんだろ』
『お互い様じゃん。ふぁあ』
小さな欠伸をした後、
『・・・んん、寒い』再びモゾモゾと布団の中に入っていく深雪。
俺は・・・ただただ外を見ていた。
『今年ももう終わりだね』
『・・・何だそりゃ。まぁ、そうだけど』
『今年は波乱の年だったね』
『確かに。まぁ、まだ未解決だけど』
『今年中に迎えに行こう』
『そうだな』
俺は・・・まだ外を見ていた。
『何を見てるの?』
『・・・外』
『外・・・か。楽しい?』
『・・・別に』
『たった一度の人生だよ?無駄に過ごしちゃ勿体ないよ』
『今の深雪はその勿体ない部分じゃないのか?』
『全然。平日に昼まで寝てる贅沢。存分に楽しまないと』
『そうなんだ』
分かっている。
こんな平凡な会話をしている二人の頭の中は常に沙梨を考えている。
俺達がこんな会話をしている間、沙梨は失った手を探し続けている。
あいつは、他の子と同じじゃないんだ。
他の子のように、施設で出来た友達や空間は沙梨にはない。
保育園や幼稚園じゃないんだ。
それは、地獄にも似る。
今も記憶の細胞は破壊されているんだ。
島津からの手紙が脳裏を反芻する。
もう・・・俺達の事さえ忘れているかもしれない。
掴むべき救いの手がどれなのか分からず、毎日泣いて居るんじゃないのか?
一刻の時も無駄に出来ない。
『深雪。俺達ついてるな。三連休じゃん』
『つまんないよ、そういうの。
大切な事は遠回しに言うもんじゃないよ』
『うん。そうだな。今すぐ沙梨を迎えにいこう』
『それでよし!』
十二月十九日。
AM十一時が過ぎた頃。
『戸締まりよし』
我が家を留守にする事に。
『島津の手紙持ったよな?』
『持ったよ。拓は忘れ物ない?』
『多分ね。まぁ、どうせ今日中に三人で帰ってくるんだし、平気だろ』
三人で我が家に帰る。
ここが重要なポイントだった。
それは不可能な話なのだ。
養子として沙梨を迎える為にも、数多くの段階を乗り越えて行かなければならない。
一からの手続きを半日で済ませる事など、不可能・・・学生でも分かる話だ。
だからこそ敢えて、三人で帰るという言葉を放った。
それ等の言葉に、マイナスを連想させる単語は含まれていない。
全てがうまくいくように・・・言わば願掛けだった。
なんとしても沙梨を俺達家族の元に。
島津の手紙を手掛かりに施設へ向かった。
その道中、沙梨の会話が途切れる事はなかった。
俺も深雪も同じ。
沙梨が恋しいんだ。
出会って僅か一年にも満たない沙梨。
俺達以上に、沙梨は俺達を愛してくれているだろう。
思考を断たず見て、不穏の余興に心は静穏を保てない。
心配したのは、たった一つ。
たった一つだ。
それは、施設が沙梨を養子として受け渡してくれるか?とか、
これから先、沙梨を育てていけるか?とかではない。
あの日、俺達から離された沙梨は、あの日からの俺達を一切知らない。
つまり、幼き子供が処理する記憶が今も俺達を消しているだろう。
そして、言うまでもなく沙梨は大きな病を抱えている。
記憶の細胞が腐敗するという恐ろしい病。
ただでさえ、忘れかけているであろう俺達の事。
それに病が降り掛かる。
言葉にはしなかった。
しなかったけど、もう沙梨の記憶に俺達は居ないだろう。
俺だって馬鹿じゃない。
それくらい分かっている。
そう、分かってるんだ。
覚えているかな?っていう次元じゃない。
もう、奇跡に全てを任せるしかなかった。
沙梨、約束は守るものだろう?
俺はお前との約束何度も破ってきたな。
お前は一度も破らなかった。
幼きながら、責任感っていうのが強いんだな。
毎回のように飛び込んできたボディープレスも、
約束通り日曜日は一回もやってこなかったな。
思い返せば、他の約束もお前は守ってくれてたんだな。
あの日、沙梨・・・お前は俺に約束を突き付けてきたな。
【何でも言うこと聞くから、捨てないで】って・・・
お前、どれだけ俺の知らない所で涙流していた?
そして、その時俺はお前が突き付けてきた約束を受け入れた。
確かに受け入れた。
ただ、それだけ。
受け入れただけで、何もしてない。
言葉だけの約束ほど容易いものなんてない。
改めて知らされた。
だから、約束守る為に今、花火大量に買い込んで向かってるから。
もう少し、もう少しの辛抱だからな。
今まで以上にない微笑みで【パパとママ】を迎えてくれないか?
十二月十九日。
PM一時半過ぎ。
運転席に俺、助手席に深雪。
後部右座席に大量の花火。後部左座席に、絵本を。
勿論、この本は沙梨と出会った時に沙梨に買ってあげた物。
以上を乗せた俺の車が駐車場に停まった。
目の前に広がる、広大な建物。
平屋ではあるが、土地で言うとどれくらいか?
検討も付かない広大な建物・・・養護施設だ。
島津の手紙は確かだった。
書き記されていた住所に確かにあった。
沙梨が今も苦しんでいるであろう、施設・・・
『・・・!』
『どうしたの拓?』
冷静になった今、気付いた。
沙梨が今も苦しんでいるであろう・・・あろう?
『深雪。沙梨は今、病によって記憶が消え続けているんだよな?』
『え?・・・今更、何?』
何でこんな時に気付いてしまったんだろう。
こんな事に・・・。