愛の答
白の季節
和かな夏音を奏でる、風鈴。
あの音をあの子と聞ける時はもうこない。
私が犯した罪は事実。
そして、愛の生命が途切れる瞬間が目の前まできている事も事実。
私があの子を産んだ日の事はよく覚えている。
全身を襲う幸せな痛みが抜けた瞬間、私の鼓膜を突き破りそうな
泣き声で産まれてきた。
どこも不自由なく、健康な赤子として産まれてきた。
たくさんの愛に恵まれるよう、私が付けた名前。
【愛】
目を真ん丸にさせ、旦那が人差し指を手に乗せると、力強く握り返していた。
幸せだった。
待望の赤子、不自由ない暮らし。
仕事も上手くいっていた。
もう、何もいらなかった。
しかし、神は幼き愛に試練を与えた。
愛は戦った。
不必要な【全知全能】と言う、ウイルスと戦った。
しかし、幼き愛は勝てなかった。
ウイルスに感染され、次々と記憶、知能を失っていった。
愛は悪魔でも・・・
独りで戦い続けていた。
『○○って何?』
『○○はどうなの?』
覚えたての片言の言葉で、私達に助けを求めていた。
私は・・・逃げた。
一切戦う事もせず、私は速やかに逃げた。
【我が子を棄てる】という方法で。
愛の第二の親、小野夫妻。
彼達は、愛の事を【沙梨】と呼んでいた。
恐らく、記憶を失った愛は自分の名前すら覚えていなかったのだろう。
どのような状況に居て、沙梨という名前が出てきたのかは私は知らない。
ただ、とても安心できた。
まだ若い夫婦だったけれど、任せられると思った。
その確信を得られた理由は、拓也君の幼子に対する接し方の成長と、
深雪さんの寛大な母性本能。
この夫婦なら或いは・・・私は時を待った。
愛は小野夫妻に助けを求めた。
質問攻めを拒んでいた拓也君も時が経つにつれて、
『何が分からない?』
『これは〇〇だからしちゃいけないんだ』
『○○?それはな・・・』
愛の事をウイルスから守る、巨大な鉄壁になっていった。
何より、その鉄壁を作り上げた張本人は深雪さん。
常に拓也君を正しい道へと促していた。
この、優秀な夫婦により愛は、少しずつ笑う時間を増やしていった。
その間、捜索の現状を伝えに伺ったと偽り、私は何回か愛と接触したが・・・完全に愛の記憶に私は居なかった。
最初はとても辛かったけれど、そうなったのも・・・
そう、全てわたしの責任なんだ。
本当に辛いのは、愛なんだ。
必死に涙を堪えた。
一人で戦っていた愛に、手を差し延べてくれた小野夫妻に
私はただただ感謝した。
言葉にする事も出来ず、伝えたい言葉をぐっと飲み込み続けた。
まるで鎮魂させるかのように。
私は、感謝の気持ちを形として出した。
そう、あの温泉旅行の事だ。
旦那が旅館の経営者をやっていたので相談した。
旦那は私の気持ちと同じ場所に居た。
しかし、心配すべき事があった。
前に一度、旦那がデパートで拓也君に顔を見られていたり、
旅館の名前から気付かれないか?等だ。
しかし、感謝の気持ちの方が大きく、少々危険だったが
温泉旅行をプレゼントした。
夏が過ぎ、秋が迫ってくる頃。
たくさんの愛を感じた愛。
しかし、病は消滅する事はなく、常に進行していた。
そして拓也君の決断。
病の存在を白黒させよう。
もしかしたら、なんて甘い考えをしていた私。

拓也君が図書館で出会った女性は、自称ボランティア医師を名乗った。
その人が紹介してくれた、都内の病院。
そこならもしかしたら、愛の病を治す事が出来るかもしれない。
そう考え、私が病院までの道程を案内すると買って出た。
当然の如く、愛の検査結果を聞く為だった。
検査は、何時間にも及んだ。
一つ言えるのは、心配でならない小野夫妻。
彼達以上に私は心配していた。
それを態度に出すわけにはいかず、気取り続けた。
しかし長時間の検査により、気取った態度が崩れた。
愛とは血の繋がりも何もないただの警察官である私。
愛とは何億とあるDNA組織の内、一つも一致しない事になっている私。
そんな私が、拓也君達に説教にも似た言葉を掛けてしまった。
勿論、拓也君は怒った。
無理もない。
検査結果を聞いて静かに崩れ落ちた。
ごめんなさい。
目の前の結果が出てしまった以上、貴方達にこれ以上我が子を育ててもらうわけにはいかない。
我が子は、施設に入れます。
本当に迷惑を掛けました。
その時、謝罪と感謝の気持ちの狭間に、沸き上がってはいけない負の感情が現れた。

【結局愛を助けられなかったんだ。役立たず】

摘むべき感情の芽、私は身を任せてしまった。
『傷害の罪により現行犯逮捕!』
拓也君が捕まった。
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