愛の答
炎熱の出会い
せせら笑うかのよう、白日の夢が現実の今に。
曝け出した、頭内に流れる爆発の赤(せき)河。
今では遠き日の記憶。
けれど、私はこの時の恐怖感を決して忘れる事はない。
島津の話(結末編)
『私は、あなたを絶対に許せない!』
そう言われてから、三秒後に全てを理解した。
その三秒間、私はどこか異国の空間に行っていたような気がする。
正確には、職員が叫んだコンマ三秒後にはドアが勢い良く開いた。
そこには、見覚えのある顔がずらりと並んでいた。
元職場の人間。
何故こんな所に?
そうだった・・・私を捕まえる為に・・・。
失い掛けてた熱を取り戻す。
私は慌てて椅子から立ち上がり、背後を見た。
また窓から逃げてやろうと思った。
しかし、窓側には栢山が私を睨み付けていた。
ドサァ!と、物凄い圧力を受けた。
警察官三人が、私の体を一気に押さえ付けた。
この状況は無理。
逃げられない。
数とか、力ではない。
元上司である栢山。
この人が考える策略は高確立で成功の橋を渡る。
女一人捕まえる為だけにも、警察官の配置、力の分配、脱走経路の遮断等、
念入りに考えたはずだ。
だから、無理。
私の体に入っていた力が一気に抜けた。
力の流れを読み切ったベテラン警察三人は、無駄な圧力を私にかけず
手際よく私の両手首に手錠を掛けた。
『ごめんなさい・・・私は誰も恨まない。
貴方の言う通り。私は私自身が許せない。
あの子の面倒を見てくれて、本当にありがとう』
私は職員にそう告げた。
職員は私と目を合わせず、俯いた状態で泣いていた。
別に、恨む相手なんていない。
別の職員が、この職員を呼び出した時だろう。
恐らくTVに映った私の顔を見て知らせに来たのだ。
警察がここに到着するまでの時間を稼ぐために、
愛(沙梨)の話をしたのだろう。
決して、私は騙されたのではない。
この職員が取った行動に間違いは一つも存在していない。
そこまではいい・・・そこまでは。
しかし!
『栢山!あの子を!愛を絶対に見つけて!』
いきなり叫んだ私に対し、思わず力を込める警察官。
『もう逃げる気もない!だから私のお願いを聞いて!栢山!』
栢山がゆっくりと私に近づいてきた。
『警察という、正義の象徴である立場に居ながら、
子を捨て、それをひた隠し、他の夫婦に育児を任せ、
全てが明らかになり捕まってもなお、逃げ出し・・・
そして最後の最後に叫んだお前の言葉・・・』
『・・・』
『俺が受け取ろう』
『!・・・』
『お前の為ではない。全ては幼子の為だ。勘違いするな』
私は、思わず泣きだした。
昔からそうだ。
我儘で、誰に対しても不器用な態度を取る栢山に腹を立てるのだけれど・・・最終的に守られてしまう。
この、栢山という人間の器の底がまるで見えなかった。
『精々鉄格子の中から祈っていろ。自分の子供の安否をな。
そして、必ず戻ってこい。
お前みたいな不器用な女を雇う職場は他にねぇからな』
『!しかしそれは・・・。わ、私は退職届も』
『今頃あの紙切れは屑箱の中だろ。安藤の口に入った退職届なんて出せるわけねぇだろ。第一、おめぇ退職届書く前に安藤の事やってんだろうが』
『・・・』
涙で、前どころか自分の心の中でさえ見えなくなっていた。
委ねよう・・・。
全てをこの人に・・・。
『ありがとう・・・ございます』
十二月十八日。PM零時五十五分。
私は再逮捕された。
十二月十八日。PM三時。
今朝居た場所に私は居る。
まぁ、早い話が留置所だ。
世紀の脱走劇は幕を閉じた。
呆気なく、エンドロール。
ゆっくりと流れる文字に、私は居ない。
存在の意志を、拒否されてしまった。
無理もない・・・犯罪者なのだから。
元上司である栢山に全てを委ねた。
私は、明日には収監される。
早朝から叩き起こされ、刑務所行きの専用車に乗り込むだろう。
留置所に射す太陽の陽。
「あぁ、そういえば・・・。約束守れなかったな」
二千翔との約束をふと思い出す。
また、お話しようって約束したのに。
彼女は、これから先、どう生きていくのだろう。
私には到底予想も出来ない、過酷な人生が待っているはずだ。
どんな時も、私に見せてくれた貴方の笑顔を・・・絶やさないで。
決して・・・。
愛・・・
寒い?
痛い?
淋しい?
今、優秀な警察官が助けに行くからね。
もう少しの辛抱だから。
ごめんね・・・貴方ばかり辛い思いをさせて。
目まぐるしく変わる季節の色。
私の時は確実に進んでいる。
しかし、我が子の状態さえわからない私の時は・・・まるで死時計。
私は今、華に乗る死花粉。
全てにおいて無価値。
唯一の我が子との別れは、当たり前のように訪れ、当たり前のように過ぎた。生きる過程さえ疑ってしまいそうだ。
今でも俺は、自分を父親だと思い続けている。沙梨の、父親なんだ。
拓也の話
十二月十九日。PM三時。
『あの・・・』
話し掛けられた。
今は、誰とも話したくない気分なのに。
話し掛けられた。
深雪もそうだと思う。
今は・・・俺達だけにしてくれ。
それでも、話し掛けられてしまった以上、答えるしかなかった。
深雪はとても会話が出来る状態ではないと判断し、俺が答えた。
『・・・何ですか?』
今思えば、失礼な態度だった。
初対面であった遠山さんに対し、その時の心境を言葉で表してしまった。
『今、うちら急いでるんで』
『いや、あの。私、あそこの養護施設で働いている職員で遠山と申します。
先程、外から施設内を見ていたお二人が見えたものですから』
『・・・それが何か?』
『いえ、年こそ若そうなお二人ですが、お子さんが居てもおかしくはないと思いまして』
『・・・』
この人、何が言いたいんだ?
俺が無言で遠山と名乗る女性を睨んでいた時、
『用件だけ、私達に伝えたい用件だけ話してくれれば構わないです』と、
深雪が言った。
『あ、すみません。昨日(さくじつ)、
施設から一人抜け出してしまった子供がおりまして』
遠山さんが発言した事を、俺は直ぐ様頭の中で整理した。
昨日、あの施設から抜け出してしまった子供が一人。
沙梨・・・なのか?
『それは、女の子ですか?』
『はい。その子の両親の身元は我々には伝えられていなく、
もしかしたらお二人の子供さんではないのかと』
『・・・その子の名前は?』
『二千翔ちゃんと言います』
この時は、二人の少女の運命が暗い空間を彷徨っている事なんて気付きもしなかった。
況してや、島津の件も。
現在の俺達には、入り得ない情報だったから。
『二千翔・・・』
記憶を失い続けている沙梨。
もしかしたら自分の名前さえも忘れてしまい、
何らかの形で二千翔と呼ばれるようになったのでは?
『その子は、何か病を抱えていました?』
『!・・・えぇ。重度の』
『!拓、間違いないよ!沙梨ちゃんだよ!
長い間私達と離れてたから、自分の名前も忘れちゃったんだ!
淋しくて、私達に会いたくて、抜け出しちゃったんだよ!』
確かに・・・それは考えられる。
だとしたらまずい。大問題だ。
この広い世界、どこを彷徨っても沙梨に安息の場はない。
三歳児が途方も無く彷徨うには辛苦の道は回避出来ない。
俺と深雪、互いの中で弾ける物があった。
しかし・・・
『え・・・沙梨ちゃんの事、御存知なのですか?』
『・・・え?』
何だ?何がどうなってるんだ?
浮遊する疑問符で頭が破裂しそうだ。
この職員の発言から、二千翔は沙梨ではない。
別人だ。
『え、あの。その二千翔って子の病っていうのは具体的に』
『XPと呼ばれていまして。簡潔に言いますと、
太陽の光を浴びる事が出来ない病です』
呼吸が荒くなった。
その二千翔という子の事を考えると申し訳ないが、
今は沙梨の様子が知りたいのだ。
『あ、あの!・・・沙梨は元気にしてますか?』
まさか、職員からこんな言葉が出てくるとは思わなかった。
運命なんて、どうにでもなってしまうんだ。
『それが・・・二千翔ちゃんと同じで』
『?・・・同じ?』
『沙梨ちゃんも、二千翔ちゃん同様、数日前に施設を抜け出していまして』
白の季節が、俺の頭上に居た。
俺は、何もかもを壊したくなった。
しかし皮肉にも、渇いた風が優しく俺の熱を奪った。
曝け出した、頭内に流れる爆発の赤(せき)河。
今では遠き日の記憶。
けれど、私はこの時の恐怖感を決して忘れる事はない。
島津の話(結末編)
『私は、あなたを絶対に許せない!』
そう言われてから、三秒後に全てを理解した。
その三秒間、私はどこか異国の空間に行っていたような気がする。
正確には、職員が叫んだコンマ三秒後にはドアが勢い良く開いた。
そこには、見覚えのある顔がずらりと並んでいた。
元職場の人間。
何故こんな所に?
そうだった・・・私を捕まえる為に・・・。
失い掛けてた熱を取り戻す。
私は慌てて椅子から立ち上がり、背後を見た。
また窓から逃げてやろうと思った。
しかし、窓側には栢山が私を睨み付けていた。
ドサァ!と、物凄い圧力を受けた。
警察官三人が、私の体を一気に押さえ付けた。
この状況は無理。
逃げられない。
数とか、力ではない。
元上司である栢山。
この人が考える策略は高確立で成功の橋を渡る。
女一人捕まえる為だけにも、警察官の配置、力の分配、脱走経路の遮断等、
念入りに考えたはずだ。
だから、無理。
私の体に入っていた力が一気に抜けた。
力の流れを読み切ったベテラン警察三人は、無駄な圧力を私にかけず
手際よく私の両手首に手錠を掛けた。
『ごめんなさい・・・私は誰も恨まない。
貴方の言う通り。私は私自身が許せない。
あの子の面倒を見てくれて、本当にありがとう』
私は職員にそう告げた。
職員は私と目を合わせず、俯いた状態で泣いていた。
別に、恨む相手なんていない。
別の職員が、この職員を呼び出した時だろう。
恐らくTVに映った私の顔を見て知らせに来たのだ。
警察がここに到着するまでの時間を稼ぐために、
愛(沙梨)の話をしたのだろう。
決して、私は騙されたのではない。
この職員が取った行動に間違いは一つも存在していない。
そこまではいい・・・そこまでは。
しかし!
『栢山!あの子を!愛を絶対に見つけて!』
いきなり叫んだ私に対し、思わず力を込める警察官。
『もう逃げる気もない!だから私のお願いを聞いて!栢山!』
栢山がゆっくりと私に近づいてきた。
『警察という、正義の象徴である立場に居ながら、
子を捨て、それをひた隠し、他の夫婦に育児を任せ、
全てが明らかになり捕まってもなお、逃げ出し・・・
そして最後の最後に叫んだお前の言葉・・・』
『・・・』
『俺が受け取ろう』
『!・・・』
『お前の為ではない。全ては幼子の為だ。勘違いするな』
私は、思わず泣きだした。
昔からそうだ。
我儘で、誰に対しても不器用な態度を取る栢山に腹を立てるのだけれど・・・最終的に守られてしまう。
この、栢山という人間の器の底がまるで見えなかった。
『精々鉄格子の中から祈っていろ。自分の子供の安否をな。
そして、必ず戻ってこい。
お前みたいな不器用な女を雇う職場は他にねぇからな』
『!しかしそれは・・・。わ、私は退職届も』
『今頃あの紙切れは屑箱の中だろ。安藤の口に入った退職届なんて出せるわけねぇだろ。第一、おめぇ退職届書く前に安藤の事やってんだろうが』
『・・・』
涙で、前どころか自分の心の中でさえ見えなくなっていた。
委ねよう・・・。
全てをこの人に・・・。
『ありがとう・・・ございます』
十二月十八日。PM零時五十五分。
私は再逮捕された。
十二月十八日。PM三時。
今朝居た場所に私は居る。
まぁ、早い話が留置所だ。
世紀の脱走劇は幕を閉じた。
呆気なく、エンドロール。
ゆっくりと流れる文字に、私は居ない。
存在の意志を、拒否されてしまった。
無理もない・・・犯罪者なのだから。
元上司である栢山に全てを委ねた。
私は、明日には収監される。
早朝から叩き起こされ、刑務所行きの専用車に乗り込むだろう。
留置所に射す太陽の陽。
「あぁ、そういえば・・・。約束守れなかったな」
二千翔との約束をふと思い出す。
また、お話しようって約束したのに。
彼女は、これから先、どう生きていくのだろう。
私には到底予想も出来ない、過酷な人生が待っているはずだ。
どんな時も、私に見せてくれた貴方の笑顔を・・・絶やさないで。
決して・・・。
愛・・・
寒い?
痛い?
淋しい?
今、優秀な警察官が助けに行くからね。
もう少しの辛抱だから。
ごめんね・・・貴方ばかり辛い思いをさせて。
目まぐるしく変わる季節の色。
私の時は確実に進んでいる。
しかし、我が子の状態さえわからない私の時は・・・まるで死時計。
私は今、華に乗る死花粉。
全てにおいて無価値。
唯一の我が子との別れは、当たり前のように訪れ、当たり前のように過ぎた。生きる過程さえ疑ってしまいそうだ。
今でも俺は、自分を父親だと思い続けている。沙梨の、父親なんだ。
拓也の話
十二月十九日。PM三時。
『あの・・・』
話し掛けられた。
今は、誰とも話したくない気分なのに。
話し掛けられた。
深雪もそうだと思う。
今は・・・俺達だけにしてくれ。
それでも、話し掛けられてしまった以上、答えるしかなかった。
深雪はとても会話が出来る状態ではないと判断し、俺が答えた。
『・・・何ですか?』
今思えば、失礼な態度だった。
初対面であった遠山さんに対し、その時の心境を言葉で表してしまった。
『今、うちら急いでるんで』
『いや、あの。私、あそこの養護施設で働いている職員で遠山と申します。
先程、外から施設内を見ていたお二人が見えたものですから』
『・・・それが何か?』
『いえ、年こそ若そうなお二人ですが、お子さんが居てもおかしくはないと思いまして』
『・・・』
この人、何が言いたいんだ?
俺が無言で遠山と名乗る女性を睨んでいた時、
『用件だけ、私達に伝えたい用件だけ話してくれれば構わないです』と、
深雪が言った。
『あ、すみません。昨日(さくじつ)、
施設から一人抜け出してしまった子供がおりまして』
遠山さんが発言した事を、俺は直ぐ様頭の中で整理した。
昨日、あの施設から抜け出してしまった子供が一人。
沙梨・・・なのか?
『それは、女の子ですか?』
『はい。その子の両親の身元は我々には伝えられていなく、
もしかしたらお二人の子供さんではないのかと』
『・・・その子の名前は?』
『二千翔ちゃんと言います』
この時は、二人の少女の運命が暗い空間を彷徨っている事なんて気付きもしなかった。
況してや、島津の件も。
現在の俺達には、入り得ない情報だったから。
『二千翔・・・』
記憶を失い続けている沙梨。
もしかしたら自分の名前さえも忘れてしまい、
何らかの形で二千翔と呼ばれるようになったのでは?
『その子は、何か病を抱えていました?』
『!・・・えぇ。重度の』
『!拓、間違いないよ!沙梨ちゃんだよ!
長い間私達と離れてたから、自分の名前も忘れちゃったんだ!
淋しくて、私達に会いたくて、抜け出しちゃったんだよ!』
確かに・・・それは考えられる。
だとしたらまずい。大問題だ。
この広い世界、どこを彷徨っても沙梨に安息の場はない。
三歳児が途方も無く彷徨うには辛苦の道は回避出来ない。
俺と深雪、互いの中で弾ける物があった。
しかし・・・
『え・・・沙梨ちゃんの事、御存知なのですか?』
『・・・え?』
何だ?何がどうなってるんだ?
浮遊する疑問符で頭が破裂しそうだ。
この職員の発言から、二千翔は沙梨ではない。
別人だ。
『え、あの。その二千翔って子の病っていうのは具体的に』
『XPと呼ばれていまして。簡潔に言いますと、
太陽の光を浴びる事が出来ない病です』
呼吸が荒くなった。
その二千翔という子の事を考えると申し訳ないが、
今は沙梨の様子が知りたいのだ。
『あ、あの!・・・沙梨は元気にしてますか?』
まさか、職員からこんな言葉が出てくるとは思わなかった。
運命なんて、どうにでもなってしまうんだ。
『それが・・・二千翔ちゃんと同じで』
『?・・・同じ?』
『沙梨ちゃんも、二千翔ちゃん同様、数日前に施設を抜け出していまして』
白の季節が、俺の頭上に居た。
俺は、何もかもを壊したくなった。
しかし皮肉にも、渇いた風が優しく俺の熱を奪った。