伸ばした腕のその先に
「えぇー、案外スポーツマンなんだ」
「今度サーフィン行くんだけど、一緒にどう」
 二つ隣では肌を小麦色に焼いた男が、とってつけたように笑っていた。

 得意のサーフィンはいったいいつから何のために始めたのか、思わず口にしそうになって私は止めた。

「専攻は民俗学かな」
「私バカだからぁ、専攻ぉとか全然わかんないよぉ」
 机の向かい側では、若干インテリ風の青年が金髪ガールに自らの専攻について話している。

 今は楽しそうだが、この二人の会話はあとどれくらいの間続くのかは疑問だった。

 私は周囲に目を配りながらシャンディーガブで喉を潤した。
 少し安っぽい黄金色の液体は氷でさらに薄まっていて味気ない。
 ビールベースに氷ってありえない、そんなことを思いながらグラスを置くと、自らの話し相手に視線を戻す。

 周囲の会話には、やはり深い意味などはないのだろう。
 この場を盛り上げるためだけに頭を使い、けれど明日にでもなればそれらの大半は忘れられていく。

 隣に座る新島くんという青年もまた同様のはずだった。
「美月ちゃんは彼氏とかいないの」
「今は、いないよ」

 高校ではサッカー、大学ではテニス、一貫性のない可愛いスポーツマンは無邪気にガッツポーズをつくり、一見、無邪気そうな笑顔をつくり出す。

「よっしゃ! じゃあ俺、美月ちゃん狙いで」
「狙ってみる? 言っとくけど、私の防衛は厚いよぉ」
 私もそれに若干の笑みを返し、この場限りの交流を深めていく。

 マクの内側から、このマクを突破してここまで来てくれることを、少しだけ願いながら。
 でも、あなたにはこのマクは破れないよと、相手と自身を心の底で嗤いながら。
 私はお酒で高揚した自分を、マクの内側から冷静に見つめ返した後、栗色の髪を手で梳いた。

「美月ちゃん、次は何飲む?」
「ん~? じゃあ、カンパリオレンジ」
 そうして、二時間強の擬似的友人シミュレーションを淡々とこなしていくのだった。
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