伸ばした腕のその先に
 ごめん、研究室のレポート今日までなんだ。
 合コン後、私は取ってつけた理由でみんなと別れていた。

 はしゃいでいた気分も、嘘のように冷めていて、中身の空ろな風船のように気分はすでに萎んでいる。
 自販機で買った清涼飲料水を飲んだ後、今は電車と徒歩で目的地へと向っていた。
 研究会のレポートというのは嘘。陽くんに会いに会うための、
 一人きりの逢瀬を繰り返すための孤独な嘘だった。

「まだ、来る人もいるんだね」
 湖畔を訪れた時、そこには比較的新しい花が二束供えられていた。
 一つは先日の私のもの。もう一つはわからない。
 でも、少なくとも私が来る時にはいつも供えられていて、私にはそれが喜ばしかった。
 それは、その花を供えた人が、亡くなった人を覚えている証拠だったから。

 そして、供えられた花束の中に同じ共通点――紫蘭の花を見つけ、少しだけ頬をほころばせてしまう。
 紫蘭、上品に咲き誇る優雅な花弁。それは【あなたを忘れない】、その言葉を雄弁に語っていた。

(陽くん、今日は合コンいってきた。はは、怒んないで)
 手を合わせ、いつものように陽くんに語りかける。
 こんなことがあったのだ、あんなことがあったのだ、と。

 すると、ふいに後方に人の気配がした。一人、誰かがこちらに歩いてきているようだった。
 私は大きくそちらを振り向くことはせず、一歩横にずれ、スペースをつくっておく。
 やってくるその人を招き入れるように。

 サクッ、サクッ……。

 砂利を踏みしめ、誰かがやってくる。
 私は、意識を半分だけそちらに向けながら、ジッと献花台の前で手を合わせていた。
 そうして、僅かな時間をおいて瞳に写りこんできたのは、一人の青年の姿だった。
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