伸ばした腕のその先に
 私はその彼の姿に、静かに息をもらしてしまう。
 年は私と同じか、少し上くらい。
 どこか物事を遠くから眺めているような、そんな雰囲気。
 薄暮の空の中でうっすらと色を帯びた姿には、仄かな哀愁が漂っている。

(なんだろう、まるで、絵画か何かみたい)
 美しいとか格好いいとかではなかった。
 何か、周りの景色をまとってしまったかのような、
 今にも景色に溶けて消えそうで、それでも確かにそこにいる、そんな感じ。
 五月終わりの湿っぽい風になびく長めの黒髪、中性的な顔つき。
 ちょうど今の時間、昼と夜の間にある空のような印象を受けてしまう。

 彼は湖の対岸――事故の現場へ視線を向けていた。
(題をつけるなら【薄命】だね陽くん、寂しさの中に大量の美しさを織り交ぜたような)
 心の中で陽に語りかけながら、視線は自然と彼の方へと向いてしまう。 
 彼は私の視線に気づくことなく、依然として対岸を見つめていた。
 切なそうに、そして、あまりに哀しそうに。

 あぁ、この人も大切な、本当に大切な人を失ったんだな。
 私は直感的に理解する。
 すると、ふいに彼はその唇を開いた。
「また、会えたね」

 その瞬間、彼の声を聞いた瞬間、思考を奪われた。
 全身に電気が走ったような衝撃が襲い、私は立ちほうけてしまう。
 なぜなら、その声は――、
「如月 美月さん」
 陽くんと、そっくりだったのだ。
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