伸ばした腕のその先に
陽くんの声、それは私にとって特別なものだった。
私の心の底まで届き、静かに、でも強く慰めてくれる声。
その恋焦がれた声が、目の前の彼から発せられていた。
私は未だに呆然と立ち尽くす。彼はそんな私を見て慌てて言葉をつけ足していく。
「あぁ、ごめん。中倉から聞いてないかな。この前、ここで」
「しょう、さんですか?」
「うん、はじめまして、ごめんね、驚いたよね」
私の脳裏に温厚な老執事が浮かび上がる。
なるほど、中倉さんが主人と呼んでいた人、それがこの人なのだ。
でもまさか……、
「まさか、こんなに若いなんて思わなかった」
私はつい思ったままのことを口にしてしまう。
慌てて口に手を当てるが、気づいた時には遅く、飛び出した言葉は帰ってこない。
そして、恐る恐る彼の方を伺うと、
「よく言われる」
彼は少し困ったように笑っていた。
私は、彼が発する声にすべての神経を集中させてしまう。
森の中で小鳥のさえずりを探すように、静かに耳をそばだててしまう。
その中で鼓膜を震わす、少しハスキーで、でもとても深みがあって優しい声。
それは、そこが例え深すぎる闇の中だろうと、
それらをすべてかき分けて私のところまで通る、大切な声だった。
(陽、くん)
思わず、その名前を口にしてしまいそうになる。
すると、私の方を見て、彼は目を見開いた。
なんでそんな顔を、思った後に理解した。頬を伝う生ぬるい涙、それを慌ててぬぐう。
「ご、ごめんなさい」
けれど、涙はなぜだか止まらない。
彼が目の前にいるのに、彼が私の前にいるのに、
「ごめんなさい――」
「大丈夫?」
そう問いかける陽くんの声に、胸の奥がざわついた。
風に揺れる水面のほんのわずか上をなぜていくような声に、
私の中にあったものが、必死にせき止めていたものが壊れそうになってしまう。
黙っている私を見て、彼はハンカチを差しだしたあと、
「少し歩かない? 近くにコテージがあるんだ、そこまで」
そういって歩き出した。
ゆっくりと暗さを混ぜ込んでいく景色の中、彼は進んでいく。
少し掠れていて艶やかな、どこか矛盾すら孕んだ声で私を先導する。
私はそれを、黙って聞いている。
「こっちだよ」
私は口をつぐんだまま彼についていき、私たちは湖畔に広がる林の中へと向かっていく。
「コテージ、近いんですか」
ようやく涙を止め、私は歩き出してから、彼の背中へとしゃべりかける。
周囲は、軽く木々に囲まれており、先ほどよりグッと静けさが増していた。
まるで、喧騒を木々が吸い取っているかのような異質な静けさが私たちの後についてくる。
すると、彼は「ちょっと歩くけどね」といいながら、依然として淡々と足を進めていく。
その先には、ほんの小さな明かりが見え始めていた。
私の心の底まで届き、静かに、でも強く慰めてくれる声。
その恋焦がれた声が、目の前の彼から発せられていた。
私は未だに呆然と立ち尽くす。彼はそんな私を見て慌てて言葉をつけ足していく。
「あぁ、ごめん。中倉から聞いてないかな。この前、ここで」
「しょう、さんですか?」
「うん、はじめまして、ごめんね、驚いたよね」
私の脳裏に温厚な老執事が浮かび上がる。
なるほど、中倉さんが主人と呼んでいた人、それがこの人なのだ。
でもまさか……、
「まさか、こんなに若いなんて思わなかった」
私はつい思ったままのことを口にしてしまう。
慌てて口に手を当てるが、気づいた時には遅く、飛び出した言葉は帰ってこない。
そして、恐る恐る彼の方を伺うと、
「よく言われる」
彼は少し困ったように笑っていた。
私は、彼が発する声にすべての神経を集中させてしまう。
森の中で小鳥のさえずりを探すように、静かに耳をそばだててしまう。
その中で鼓膜を震わす、少しハスキーで、でもとても深みがあって優しい声。
それは、そこが例え深すぎる闇の中だろうと、
それらをすべてかき分けて私のところまで通る、大切な声だった。
(陽、くん)
思わず、その名前を口にしてしまいそうになる。
すると、私の方を見て、彼は目を見開いた。
なんでそんな顔を、思った後に理解した。頬を伝う生ぬるい涙、それを慌ててぬぐう。
「ご、ごめんなさい」
けれど、涙はなぜだか止まらない。
彼が目の前にいるのに、彼が私の前にいるのに、
「ごめんなさい――」
「大丈夫?」
そう問いかける陽くんの声に、胸の奥がざわついた。
風に揺れる水面のほんのわずか上をなぜていくような声に、
私の中にあったものが、必死にせき止めていたものが壊れそうになってしまう。
黙っている私を見て、彼はハンカチを差しだしたあと、
「少し歩かない? 近くにコテージがあるんだ、そこまで」
そういって歩き出した。
ゆっくりと暗さを混ぜ込んでいく景色の中、彼は進んでいく。
少し掠れていて艶やかな、どこか矛盾すら孕んだ声で私を先導する。
私はそれを、黙って聞いている。
「こっちだよ」
私は口をつぐんだまま彼についていき、私たちは湖畔に広がる林の中へと向かっていく。
「コテージ、近いんですか」
ようやく涙を止め、私は歩き出してから、彼の背中へとしゃべりかける。
周囲は、軽く木々に囲まれており、先ほどよりグッと静けさが増していた。
まるで、喧騒を木々が吸い取っているかのような異質な静けさが私たちの後についてくる。
すると、彼は「ちょっと歩くけどね」といいながら、依然として淡々と足を進めていく。
その先には、ほんの小さな明かりが見え始めていた。