伸ばした腕のその先に
「すいませーん」
「はぁい」
 気がつけば、店先から声がかけられていた。
 少し感傷に浸りすぎていたようだ。
 私は慌ててエプロンで濡れた手を拭い、その声の方へと出向いていく。

「いらっしゃいませ」
 そして、ささやかな笑みを以って、マニュアルどおりの応対を繰り返す。
「これ下さい」
 そういって マーガレットの鉢植えを差し出してきたのは、私とそう年も離れていないOLさんだった。
 紺色のスーツにかかった茶色い猫っ毛がさらりとなびき、彼女の頬をくすぐっている。

「プレゼント用に包装いたしますか?」
「あ、大丈夫です。持ち帰りで」
「かしこまりました」
 彼女はよくこのお店に寄ってくれる常連さんで、店先で何回か話をしたことがある。
 まだ入社一年目で忙しい毎日だが、仕事も楽しく、同棲している彼とも熱々な関係なのだそうだ。

「どうぞ」
「ありがとう」
 鉢植えの入った袋を手渡すと、彼女は嬉しそうに顔を綻ばせた。
 彼女が白い花弁をつんと突くと、マーガレットは恥ずかしそうにその身を揺らしていた。
 私は、そんな彼女に軽い羨望の眼差しを送る。あなたは、クンシランだね、と。

 クンシラン、それはヒガンバナ科の多年草。赤橙色の六枚の花弁と、濃緑の葉っぱのコントラストのきれいな花。そして、その花言葉は【幸せを呼ぶ】。
 そう、どんな辛いことや哀しいことがあっても、彼女はきっとその笑顔を以って苦難を乗り越え、幸せを呼び込むのだと。
 そんな彼女に私が勝手に贈る花。

 私はこうやって時々、自分や他人を花に例えてみる。
 それは別に、自分やその人が例える花のように美しく儚いと、そんなことをいいたい訳じゃない。
 ただ、今の私がこの身に宿す言葉はなんなのだろうと、そう、思ってしまう。

 それは他人にも同じ。
 あぁ、この人はこんな言葉を発している、こんな言葉が似合っていると、
 それを私が勝手に決定し、その言葉を冠する花の烙印を押してしまうのだ。

 そうすると、私は少しだけその人をわかったような気がして安心できる。
 マクの内側から、少しだけセカイに溶け込めたような、そんな幻想を抱けるのだ。
 そんな私の小さなクセ、それが花言葉なんだと思う。
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