伸ばした腕のその先に
 ほんの三日間、事件のことが騒がれたのはそれだけの間だったそうだ。
 その時、私は病院のベッドで意識を失っていて、その間にテレビや新聞が世間の涙を誘っていく。

 こんなことがあったんだ、こんな悲惨なことがあったんだ。
 泣いて、泣いて、哀しんで、と。

 でも、七十二時間の間に起こった数々の出来事、
 それがカンバスの上に鉛白を塗りたくるように全てを塗りつぶし、過去へと押しやっていった。

 政治家の汚職、芸能人の不倫、どこぞの河川敷に現れたアザラシの子供……
 世の中は常に新しい刺激を求め手を伸ばし、そして多くのことを手放していったのだ。

 短いのは花の命だけでなく、人の心も同じかもしれない。
 そんなことを思いながら、供えた花を手で弄ぶ。

(私もそうやって、いつか陽くんのこと、忘れられるかな?)
 だけどそんなことは無理だと、ダメだと心にいい聞かせた。
 その痛みの中でもう一度繰り返した。 
 大切な人は、もういないのだと。
 でも、忘れては、いけないのだと。

(陽……陽くん)
 頭の中、自分よりも高い身長、抱きしめてくれる長い腕、そんなシルエットが浮かび上がる。
 顔だけははっきりとしない。まるで霞がかかったかのように、そこだけが削り取られたかのように欠けていた。


 美月、大丈夫か? 美月、美月
 少しだけ掠れたハスキーな声、陽くんの声が、身体の奥底の琴線を、なぞるように触れていく。
 そのまま、何度も、何度も何度も、陽くんの声は私の中でくり返されていく。 

「よう、くん」
 思わず立っていられなくなり、崩れ落ちるように膝をつく。

 湖の水面は、まるで石英を散りばめたガラス板のようにキラキラと輝き、その眩さは私の涙を誘っていく。
 私は、揺れる視界にそんな水面を映しながら愛しい人を思い返す。
 そして、陽くんの少しハスキーな吟声が、自分の意識を遠ざけていくのだけをジッと感じていた。
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