伸ばした腕のその先に
「よかったよ」
 侑子さんがやんわりと笑った。

 何かを思い出して微笑むような、そして、何かを慰めるような哀愁を含んだ笑みが私に向けられていた。
「何がです?」
 私はその表情を横目で見ながらコーヒーをすすった。
 ほろ苦く、ちょっと酸っぱい味を舌がまとっていく。
 まるで、その味は今の私の心のようだった。この心に残る思い出は、今の私にとって決して甘いものではない。
 苦い苦しさが私の芯を伝っていく。

 侑子さんは私から視線を外すと、クスッともう一度微笑み口を開く。
「美月ちゃん、少し泣かなくなった」
「そう……ですか」
「あぁ」

 私は飲み終わったカップを小さなテーブルの上に置く。
 底にわずかに残った液体が、カップの底に丸い輪っかを描いていた。
「まだ、一年もたたないんだ、不思議なもんだね」
「そう、ですね」

 それを見て、侑子さんがポットとインスタントの瓶を掲げてみせる。
「おかわり、どうだい?」
「頂きます」
 そういうと、空っぽのカップの中に、黒い液体が満たされていく。
 私は、熱々のカップの中身に息を吹きかけながら、二杯目のコーヒーに口をつけた。

 そうやって時々私たちは、いなくなった彼を思い出しながら、数杯のコーヒーをすする。
 本当のコーヒー色とは程遠い、どこか歪なインスタントブラックの液体を、その身体に染み渡らせていく。
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