伸ばした腕のその先に
 そんなやり取りがあった翌週。
 わたしは結局、陽くんのなすがままに車へと乗り込み海へとやってきていた。
 そこにはお世辞にもあまり澄んでいるとはいえない海が広がり、
 波が砂浜を洗う音だけがわたしたちを出迎える。

 わたしたちがやってきたのは平日のお昼過ぎ、周囲に他の人は見当たらない。
「海って、いいよな。どこまでも続く広さを感じる」
「空も広いよ?」

 砂浜にペタンと座り、陽くんはわたしの方へと首を捻る。
 わたしはそれに、海へと視線を滑らせながら答える。
 海は依然として青々とくすんでいて、遠くの方ではその上を船が走っていた。 

「ん~、でも空って曇ったり、ビルに切り取られたりするじゃん。それじゃダメなんだな。
 何か、開放的になりたい時に必ずそこにいてくれる感じが大切なんだ」
 陽くんの言葉に従い、わたしの視線は海から空へと移動する。
 空は、少し曇っていた。
 それを見た後に、再び海へと視線を戻す。

「本当だ」
「きっと、題をつけるなら【膨莫】だぜ」
「なに、それ? ちょっと違う気がする」
 確かに、波立つ水面はずっと遠くまで続いていて、壮大さをわたしに感じさせる。
 透明度も低く、まだ弱い太陽光を反射する海は、まるで果てしない大地のよう。
 その大きさは、わたしを受け入れてくれるとまではいかなくとも、
 きっとわたしの存在を拒むことはないのだろう。

 まるで、昔幼い頃に負ぶせてもらった父の背中のような、
 何かを託してみたくなりそうなどこか安心させられる大きさだった。 
「ちょっとは元気になった」
「? わたしは元気だよ」
 わたしは、ねっ、といいつつ笑ってみせる。

 わたしがマクを通してできる最高の笑み、それをつくってみる。
 すると、陽くんはわたしの方に向き直り、同じように笑ってみせた。
 それは、わたしと同じようでありながらも、もっと華やかな心からの笑み。
 少しだけ寂しさを自嘲したような、それでも笑える強い笑みだった。

「でも、美月ちゃんはいつもどこかに閉じ込められてるような感じなんだよな。
 狭くて、そこが嫌だけど逃げられない。そんな感じがするんだよ」
「どうして、そう思うの」
 わたしの全てが見透かされているような陽くんの笑顔、そこから放たれる彼の視線。
 でも、それを心のどこかで待ち望んでいたわたしは、彼に見入ってしまう。
 さらに、彼を知りたいと、彼に触れて欲しいと思ってしまう。
 だから、わたしはただ彼に問うことしかできなかった

「直感」
 そして、陽くんはまたしても堂々とそれをいい切った。
 他の人がそれをいえば、きっとわたしは嗤うだろう。
 あなたのそんな自信はきっと脆いのだと。
 わたしを本当にわかってくれたかどうかなんて、まだわからないのだと。

 でも何故か、彼の自信は心地よい。
 傲慢な感じもせず、ただただ温かい。
 だから、わたしはそんな彼の強さと声につられて、言葉を、胸の内を彼に伝えていく。
 たゆたう言の葉が、ついつい、と流れを変えて陽くんへと向かっていく。
「そう、だね……わたしはいつも自分をどこかに囲っている。
 そうしないと不安で生きていけないような気がするんだ」
「囲われたセカイ」
 陽くんの言葉にわたしは静かにうなずいた。

「でもね、それもすごく寂しくて辛い。
 だから、わたしはきっと笑っていても、絶対心の底から笑っていない。どこかで震えているんだ」
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