伸ばした腕のその先に
 微妙な間、空白の時間、意味のない沈黙。
 それらがわたしたちの間を駆け抜けた後、
 陽くんはわたしの腕を掴み、大きくもなく、小さくもなく、
 だけど本当に強い何かが込められた声でいった。

 ――なら俺が美月を笑わしてやるよ、心の底から、と。

 わたしは目を見開く。
 けれど、そんなわたしを気にすることなく、陽くんは、カッコイイとは程遠いバカっぽい告白をわたしに手渡していく。
「その代わり、美月は俺を好きになればいい、心の底からさ」
 彼はまだわたしの腕を掴んでいた。
 わたしのマクを破って、わたしのセカイに割り込んできていた。
 そして、わたしにはもうそれを拒みきることができない。 

「でも」
 わたしは言葉に詰まる。
 陽くんの手は、今まで触れてきたどんなものより温かかった。
 でも、だからこそ少し恐かったのだ。
 今まで触れてきたことのないものに対する恐さと、それを求める想い、
 その二つがわたしの中の天秤に下げられ、ぐら付いている。

 欲しい、恐い、欲しい、恐い、恐い、欲しい……。

 すると、陽くんはいきなりわたしの肩を抱き寄せる、何かに向かって微笑んだ。
 カシャリ、日差しにかき消された手元で心地よい音が一つなり、紙が一枚吐き出される。
 それを陽くんは手に取ると、わたしに掲げて見せた。

 ……写真だった。ポラロイドカメラで切り取られた、ついさっきの一瞬の出来事だった。
 そして、その紙に写っていたのは俯き顔を赤らめたわたしと、満面の笑みをした陽くん。

「題をつけるなら【囲われたセカイ】」
 陽くんは写真を見ながら笑っている。その笑みには、一点の曇りもない。
 彼は揚々と明るくその言葉を口にする。

「囲われたセカイ、これだってそうだよな。写真という枠組みで囲われた、一瞬という限定されたセカイ。
 でも、その中で俺たちは笑えればいいんだ。
 こうやって、二人だけの、それでも笑いたくなるような囲われたセカイ、それをつくっていけばいいんだよ」

 彼は、わたしの方へと眼差しを向けると、「どう、美月」困らせるほど綺麗な微笑を向けてくる。
 そして、いつの間にかわたしのセカイの中に、陽くんは居座っていた。

「うん、いいよ」
 わたしは笑っていた。
 驚いた顔で笑っていた。
「いいよ、陽くん」

 小さな女の子がサプライズの誕生日パーティーを喜ぶように、
 うっすらと涙を浮かべながら心の底から、笑っていた。

 そしてわたしはその時、彼に贈る花を決めた。彼は、陽くんは向日葵なのだと。
 わたしを照らす眩しすぎる彼には、太陽とそっくりな向日葵が相応しいのだと。
 花言葉は【あなただけを見つめている】。
 そのときのわたしは、まだそんな花言葉を知る由もなかったのだが、きっとそれは、

 わたしが彼を見つめ続けるように、彼もそうなのだと、そんなことを思い望んだ花言葉。
 だから……私は、向日葵を見ると必ず……愛しいあの人を思い出す。

 後に聞いた話なのだが、陽くんの両親は陽くんがまだ中学生の時に亡くなっているのだそうだ。
 寂しくて、寂しくて寂しくて……陽くんは、自分とずっと一緒にいてくれるような女の子を捜していたんだそうだ。
 きっと、陽くんが私のマクを破れたのも、その寂しさを知っていたからだと思う。
 あの私への笑みは、孤独感を心の底に携えながらもそれでも明日を目差す、
 陽くんの強さの証だったのかもしれない。

 そのことに気づいたのは、もう陽くんが死んでしまい、
 私の前から姿を消してしまった後のことだったのだけど。
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