伸ばした腕のその先に
1
ゆっくりと目を開ける。目には真っ白な天井が映り込む。
手を周囲に伸ばす。掌の触感がそこをベッドの上であると教えてくれる。
顔を横へと向ける。カーテンの隙間から射しこむ日ざしは橙色で、私は今が夕方であることを理解した。
(ここ、どこだろう)
献花場ではなかった。服に大きな乱れもなければ、身体に痛みもない。
見渡せば、部屋は木目で彩られていて妙な落ち着きがある。
こういうのをナチュラルスタイルとでもいうのだろうか。足元に置かれた部屋履きに足を通しながら、意味のないことが頭をよぎった。
「お気づきになりましたか、如月さま」
ふいに投げかけられた声に振りかえると、一人の初老の執事がティーセットを携えて部屋に入ってくるところだった。
「私の名前」
そこまで口にしてやめた。名前なんて、携帯からでも財布からでもわかってしまう。
私の様子に、目の前の初老の執事は柔らかく表情を崩した。
「申し訳ありません、如月さま。 失礼かとは存じましたが、お名前を拝見させていただきました」
「いえ、それくらいは別に。 それよりも私は――」
さっきまで献花台にいたはずだ。まるで記憶に焼きついたように湖の眩しさが、脳裏にちらついてくる。
「はい。先ほど、といいましても二時間ほど前でございましょうか。湖のほとりでお倒れになっていた如月さまを、ショウさまが見つけられまして」
「しょう、さま?」
「はい、私の主の名でございます。
私はその執事をさせていただいております、ナカクラと申します」
真ん中の中に、倉庫の倉と、そう書くらしい。
中倉と名乗る執事が、緩やかに頭をたれる。
あぁ、なんて現実味のない現実だ。思わず笑みがこぼれ、緊張や警戒が消えていった。
「さて、如月さま」
「はい?」
「目覚めに、紅茶などいかがでございましょう。アッサムを入れてまいりました」
「はい、いただきます」
なれた手つきで紅茶を注ぐ執事、まだどこか春のかげりを見せる日差し、そよぐカーテン。あまりに穏やかな時間が目の前に流れていた。
手を周囲に伸ばす。掌の触感がそこをベッドの上であると教えてくれる。
顔を横へと向ける。カーテンの隙間から射しこむ日ざしは橙色で、私は今が夕方であることを理解した。
(ここ、どこだろう)
献花場ではなかった。服に大きな乱れもなければ、身体に痛みもない。
見渡せば、部屋は木目で彩られていて妙な落ち着きがある。
こういうのをナチュラルスタイルとでもいうのだろうか。足元に置かれた部屋履きに足を通しながら、意味のないことが頭をよぎった。
「お気づきになりましたか、如月さま」
ふいに投げかけられた声に振りかえると、一人の初老の執事がティーセットを携えて部屋に入ってくるところだった。
「私の名前」
そこまで口にしてやめた。名前なんて、携帯からでも財布からでもわかってしまう。
私の様子に、目の前の初老の執事は柔らかく表情を崩した。
「申し訳ありません、如月さま。 失礼かとは存じましたが、お名前を拝見させていただきました」
「いえ、それくらいは別に。 それよりも私は――」
さっきまで献花台にいたはずだ。まるで記憶に焼きついたように湖の眩しさが、脳裏にちらついてくる。
「はい。先ほど、といいましても二時間ほど前でございましょうか。湖のほとりでお倒れになっていた如月さまを、ショウさまが見つけられまして」
「しょう、さま?」
「はい、私の主の名でございます。
私はその執事をさせていただいております、ナカクラと申します」
真ん中の中に、倉庫の倉と、そう書くらしい。
中倉と名乗る執事が、緩やかに頭をたれる。
あぁ、なんて現実味のない現実だ。思わず笑みがこぼれ、緊張や警戒が消えていった。
「さて、如月さま」
「はい?」
「目覚めに、紅茶などいかがでございましょう。アッサムを入れてまいりました」
「はい、いただきます」
なれた手つきで紅茶を注ぐ執事、まだどこか春のかげりを見せる日差し、そよぐカーテン。あまりに穏やかな時間が目の前に流れていた。