伸ばした腕のその先に
「ここ、ホテルなんですね」
 テーブルの上、アメニティを手にしながら私は中倉さんに確認する。
「はい、しばらく滞在の予定ございまして、ここをひとつの拠点としております。
 如月さまのいらっしゃった場所からは車で一時間もかかりません」

 私たちは簡単な話題で時間を繋いでいく。天気の話をしたり、体調を心配されたり、紅茶の入れ方を聞いてみたり。そうして、あたり障りなく今を過去へと流していく。
「如月さま、おかわりいかがでございますか」
「いえ、そろそろおいとましようかと」
 二杯の紅茶を頂戴し、私はそう切り出した。
「よろしければ、もう少しお待ち下さい。
 宵さまもそろそろお戻りになるかとは思いますので」
「ごめんなさい、少しこのあと待ち合わせがあって」
 理由をつけて、誘いを断っておく。きっとこの場所は私が長くいれるようなそんな場所じゃないのだと。
「さようでございますか。では、車を用意いたしますので、しばしお待ち下さい」
 そういって、中倉さんは部屋を後にする。

 カーテンの隙間、外を伺うとそこには高層といえる景色があった。
 まるで、下界の喧騒から逃げるような、そんな景色。中倉と名乗ったあの人は、使用人なのだけれど私とは違う世界に生きているのだろうな、そう、きっと花に例えるなら――。
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