伸ばした腕のその先に
「竹、かな」
「竹、でございますか?」
 車の中、不意に口がすべってしまった。
「あ、ごめんなさい。何でもないんです。ちょっと思い出したことがあって」
「いえ、私の方こそ失礼しました。よく竹が似合うなどと主にはいわれますもので、つい反応してしまいまして」
「あっ、ちょっとわかります」

 二人分の小さな笑い声が車内に広がる。
 ひょろ長いなんて意味ではない、私は先程の内容を反芻する。きっと、静かにそよぐようにそこにいて、見るものを和ませるような雰囲気が中倉さんにはあるから。
 そして、竹の花言葉は【節度】何となくだがその言葉が相応しそうに見えたのだ。

「さぁ、そろそろです。しかし、大丈夫ですかな、あのような場所で」
「はい、待ち合わせが、あそこの近くだったので」
 そして、そのまま五分ほど車を走らせ、車は元の献花場に到着した。周囲は薄暮の中で息を殺したように静まり返っていたが、私にはかえって心地が良かった。
 車を止めると、中倉さんが少し申し訳なさそうに運転席より顔を出してくる。

「暗くなっておりますので、どうぞお気をつけて」
「はい、本当にありがとうございました」
 私はとりあえず、同じように申し訳なさそうに笑みをつくる。そして、その笑みの中で小さく言葉をこぼした。
 あなたは何も心配しなくていい、と。ここで別れれば、あなたの記憶から私は消えていくだけだから。だから、そんな私には心配なんていらないのだと。

 老執事は私に一礼すると、在るべきところに帰るため、その視線を前方へと向けた。ライトにより照らされた道は、ずっと先まで続いている。
「それでは、また」
「はい、また」
 滑らかなエンジンの音とともに、車体はまた滑るように動き出した。車を目で追いつつ、私は胸の中でポツリと言葉をもらす。

(また、か)
 また……再開を香わせる言葉を反芻しながらお昼に歩いてきた道を引き返していく。
 私はまたあの執事と会うことがあるのだろうか。その時まで、彼は私のことを覚えているのだろうか。そんなことを考えながら、足を一歩一歩前へと進めて行く。そして、歩きながら、いつしか私の眼差しは空へと向けていた。
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