だって好きだから
 温かさと冷たさ、その二つが別々に渦を巻き、私の心を揺らしていく。

 付き合うなら二番目に好きな人がいい、昔は良くわからなかったその意味も、拓馬のいる今なら痛いほどにわかってしまう。
 好きだから、一番好きだから、いつか訪れる別れを恐れてしまう。嫌われるのが恐くなってしまう。

 だから私は逃げるのだ。
 拓馬は私の一番好きな人で、拓馬も私のことが好きだった。
 そんな綺麗な思い出を残しておきたいから。

 ……もしかしたら、もうそんなことは叶わないのかもしれない。
 それは、この八〇〇メートルを口にした瞬間から。
 でも、だからこそこれは私の意地なのだ。
 そんなことを望んでしまった私の意地なのだ。

「ごめんね」
 私は独り言のようなそれを、後ろの拓馬に向かって口にした。
『負けられない』
 すぐ後ろ、そんな声が聞こえた気がした。
 私はそれを確かめる余裕すらなく、二〇〇メートルのコーナーを曲がっていく。

 後ろの拓馬の気配が、また強くなった。
< 11 / 12 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop