だって好きだから
 私はジャージの裾をつかみ、震える声で言葉を拓馬に渡していく。
「じゃあ、明日……八〇〇メートルで勝負しよう?
 もし、拓馬が私に勝ったら――」
「つきあってくれるのか?」
 そこで、私は首を振る。拓馬が怪訝そうに眉をひそめた。
「それは、多分ダメ。でもね、もし拓馬が私に勝ったら……
 キス、ぐらいはしてもいいよ」

 私は思わず目を瞑ってしまう。きっと拓馬に怒られる、そんな風に思ったから。
『ふざけるなよ』拓馬は目を赤くして、そういってくれるはずだった。
 それでも明日には私のことを許してくれる、そんな確信があって……、
 そのまま、拓馬には最後まで友達として私の側にいてほしかった。
 適度な距離を保ち、だけど私は拓馬が好きで、拓馬も私を想ってくれる。そんな関係でいたかった。
 なのに、
「わかった」
 拓馬はあまりにも真剣な顔でそう返してきた。
 目を開くと、拓馬の唇は固く結ばれ、髪と同じ色素の薄い瞳は真っ直ぐに私を見つめていた。
 外はもう暗くて寒いのに、拓馬の視線が当たったところは焼けるような熱を持ち、
 私の胸の奥底には、熱い何かが広がっていった。
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