だって好きだから
 それは同時に、私と拓馬が八〇〇メートルを走る際のゴール時の差でもある。
 スロースターターな拓馬は前半で私にジワジワと離され、後半に巻き返す。
 長距離では拓馬に勝てない私が、短距離では私に負けっぱなしの拓馬が、唯一互角の勝負をするのが八〇〇メートル。
 そして、いつも私はほんの僅差で逃げ切ってきたのだ。今までの私たちの関係のように。

 手を伸ばせば届くのに、温度を感じるには遠く、
 涙を拭うことはできるのに、抱きしめるには離れすぎている。そんな距離を保ってきた。
 だから、私は……今回もその距離を譲らない。

 私はまた少しだけ身体を前に傾けた。
 すると、秋とその先に待つであろう冬を含ませた風、それが前に進もうとするのを阻んでくる。

 耳元を風が駆け抜け、気の抜けた笛のような音が鼓膜を震わせた。
 それは、風が私に
『ホントは彼に負けることを望んでるんでしょ?』
 そんなことを囁かれているような気がして、思わず呼吸が苦しくなる。
 それでも、私は上体を崩さぬように必死に堪え、また足を前へと蹴りだした。
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