だって好きだから
 何となく恥ずかしい、でも一人で帰るには味気ない。
 そんな時に、私たちはちょっとだけわざと離れて歩いてみるのだ。
 今の距離は、その感覚にとても良く似ていた。

 相手の顔は見えるのに、心を伺うには少し遠すぎて、
 わからないからこそ、相手のことを知りたいと思えてしまう。
 離れたところから声をかけ、返ってくる声を一つも聞き漏らさないように耳をそばだてる。
 そんなくすぐったい距離。

(拓馬? 拓馬は今、どんな気持ちで私を見ているの?)
 そんな言葉を心で呟き、私はまた少しだけ口元を緩めた。

 こんなにも拓馬のことを考えていて、
 こんなにも拓馬のことが気になるのに……私は自分の気持ちから逃げている。
「追いつかないで」と、泣きそうになりながら足を動かし続けて。

 けれど同時に、後ろを走る拓馬が少しずつ、ほんの少しずつ私との距離を縮めているのが感じられ、私は涙が零れそうなのに、ちょっとだけ笑ってしまう。そして、
(バカだな、私は)
 走りながらも真剣にそんなことを思ってしまう。
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