午前0時の恋人契約
……というわけで、現在。
震える手で記入した申込書を読むこの女性とふたりきり、向き合い座っているわけだけれど。
「あ、そうだ名乗るの忘れてたわね。アタシは桐子。こう見えてもここの社長よ」
「しゃ、社長さん……」
「って言っても彼氏役の男の子たちと事務員ひとりしかいない、小さな会社だけどね」
ふふ、と笑いながら彼女から差し出される名刺は、金色の縁取りに蝶の絵柄、というどこぞのキャバクラ嬢の名刺ばりに派手なもの。
その紙には『レンタル彼氏 mi amor 代表取締役 浅田桐子』と書かれている。
「気軽に『桐子』って呼んでね、市原さん」
その親しみやすい雰囲気に多少なりとも安心する。一方で先ほどの電話での態度が、知ってはいけない一面だったのかもしれないと思う。
社長さん……桐子さんは、目の前のテーブルに置かれた、金色の模様があしらわれた高級そうなティーカップを手に取り、注がれたローズティーを一口のんだ。
「さっきは恥ずかしい姿見せてごめんなさいねぇ。うち息子がいるんだけど、その子相手になるとどうも素になっちゃって」
「い、いえ……」
む、息子さん相手……だからあんな感じだったんだ。
そうだよね、家族相手なら多少言葉遣いが荒くなることもあるよね。怖い人じゃないよね、うん。
自分に言い聞かせるように納得し、私も続くようにカップを手に取ると、ローズの匂いが湯気からふわりと香る。
「改めて、今回は彼氏のレンタルね」
「はい、当日のみでいいので……」
「いろんな理由のお客様がいるけど、父親からのお見合い話を断るため、なんてまた珍しい理由ねぇ」
桐子さんは、大きな宝石の指輪のついた指先で、先ほど私が個人情報や理由を記入した申込書を見ながら笑う。