午前0時の恋人契約
「オーケー、じゃあお貸ししましょう。そのお父さんと会う日はいつ?」
「10日後……来週の水曜日です」
「10日後?あら、丁度よかった。今キャンペーンやってるのよ!よかったらそっちで利用してみない?」
キャンペーン……?
内容が検討もつかず首を傾げる私に、桐子さんはクリアファイルからチラシを取り出すとそっとテーブルに置く。
そこには『期間限定 10日間パックキャンペーン』と、でかでかと書かれている。
「10日間パック……?」
「えぇ、1日5時間の10日間……トータル50時間のレンタルで、料金は30時間分っていうお得なプランなんだけど」
でも私がレンタル彼氏が必要なのは、当日1日のみ。どう考えても10日間は多すぎる。そんな気持ちから、うーんと渋ってしまう。
「当日いきなり会って完璧な恋人を演じられるわけもないじゃない?特にあなた、ちょっと人見知りっぽいし」
「確かに……」
「それなら毎日少しずつ会って、時間をかけて恋人らしさを出していったほうが、確実に完璧な恋人を演じられると思うの」
言われてみれば……。
その日に会っていきなり恋人のフリ、なんて出来るかどうか分からない。相手はプロだから出来るんだろうけど、問題は私自身だ。
一度は渋ったものの、そう言われると納得できてしまう。
「そう……ですね、なら、それで」
「じゃあこの10日間パックね。好みの顔や性格とかあれば考慮するわよ。タイプとかある?」
「えーと……普通の人なら、どんな方でも」
我ながら、無難でつまらない答えだと思う。
でもお金を出す立場とはいえ、人を選ぶなど自分にはできないし、特別好みもないものだから、これくらいしか答えようがない。
そんな答えを返されるとは思わなかったのだろう、桐子さんの顔は戸惑う。
「あらあら……本当にいいの?体型とか雰囲気とか、年上年下とかは?」
「特には……あ、年齢はおじいちゃんや子供だとさすがに父が驚くと思うので、それ以外で」
「そもそもうちの男の子たちにおじいちゃんも子供もいないから、そこは大丈夫よ。……でも本当に、“彼氏”って存在だけをお求めなのね」
口元にシワを寄せ苦笑いでこぼされたその一言に、言葉なく手元のカップをテーブルに置いた。