午前0時の恋人契約
いつも通り、けれどどこか違う気持ちで景色が見えてしまうのは、きっと緊張感からくるもの。
普通に、平常心、そう言い聞かせながら出勤してきた社内はいつも通り社員が慌ただしくフロア内を行き交っている。
「あ、市原さん、おはようございまーす」
「津賀くん、おはよう」
急いでいるのか、通りすがりに挨拶をしながらバタバタとフロアを出て行く津賀くんに、朝から忙しそうだなぁ、なんて思いながら自分のデスクへと向かった。
そんな中、今日も目立つ姿がひとつ。
「岬課長、この書類確認してもらってもいいですか?」
「あぁ、わかった」
書類を受け取る貴人さんは、いつもと変わらず、黒いスーツがよく似合う。
つい目が惹かれ見つめた私に、何気なくその目もこちらへと向き、ばち、と目が合った。
「あ……市原、」
吸い込まれてしまいそうな真っ黒な瞳に、一瞬心は戸惑う、けれど。
「おはようございます、岬課長」
精一杯の笑顔で、彼に声をかけた。
「……あぁ、おはよう」
眉ひとつ動かさず返された返事に、それ以上の会話はなくデスクに荷物を置く。
いつものように、いつも通り、そう意識をしてみても、たった10日間とはいえ、レンタル彼氏と客、という立場になってしまった私と貴人さんは以前のようないつも通りにはきっと戻れない。
だけど、せめて全てが終わった時に、この10日間をなかったことにしたい、とは思わないように。
頑張れ、自分。
そう心に言い聞かせ、仕事を始めた。