午前0時の恋人契約
「ま、そこもまた人それぞれよね。明日からの利用で、19時に新宿駅でいいかしら」
「あっ、はい」
「じゃあそれで。その時間に彼氏役の男の子も向かわせるから、詳細はその子から聞いてね」
話しながら桐子さんは先ほどのチラシ同様に手元のクリアファイルから取り出した紙をテーブルへと置く。
そこには『契約書』、という少し重みのある言葉。
「その“彼氏”との10日間で、なにがどう変わるか……楽しみねぇ」
「……変わらないと、思います。きっと、なにも」
「あら、どうして?」
なにも変わらない。そう思う理由は、私には恋なんてできないから。
その言葉を飲み込んで黙って下を向いた私に、桐子さんはなにを思ってか、不敵な笑みを浮かべた。
「なにが起こるか分からないのが人生よ。そして何事にも挑んでみるのも、また人生。その心と向き合って、10日後あなたに会えるのを楽しみにしてる」
なにが起こるかわからない。
向き合い挑む人生の中、いつも逃げている10日後の自分はどうなっているだろうか。
変わっていないだろう、どうせ私なんて。
そう諦めたように思うと同時に、もしかしたらという可能性も感じながら、契約書にそっとサインを印した。