午前0時の恋人契約
「お、お待たせしました」
「お疲れ。俺も今来たところだ」
こちらに目を向けた貴人さんはいつも通りの顔で、左腕につけられた高級そうな腕時計で時刻を確認する。
「待ち合わせは、この先の『パークハイヤー新宿』だったか」
「はい。そこの40階にある和食料理のお店で待ち合わせだそうで」
「そうか」
あまり行く機会のないビルの位置をスマートフォンで検索しておいたのだろう。貴人さんはスマートフォンを軽く操作して確認をすると、「行くか」と歩き出そうとする。
それに続いて歩き出そうとした私に、そっと差し出されたのは貴人さんの大きな右手。
「つなぐ、だろ?」
「あ……は、はい」
昨日の気まずさも、当然ある。
だけど今は恋人としての使命を全うしようとする貴人さんの気持ちが感じられ、それに頷くと私はそっと手を取った。
ぎゅ、と心なしかいつもより力を加えられた手に、分かっていても心は鳴る。
「……今日のことが終わったら、話しておきたいことがある」
「え?」
「大事な、話だ」
歩きながら、ぼそ、と呟かれた言葉。
話しておきたい、大事な話……?
なんだろう、やっぱり、この前の電話で話していたことかな。
キスはしたけど、そういうつもりはないって、目の前で釘を刺されてしまうのかもしれない。それとも、レンタル彼氏として、別れの言葉?
……どれを想像しても、怖い。
さよなら、なんて言いたくない。ずっと手をつないでいたい。
だけど、そんなことが無理だってことも分かっているから。