午前0時の恋人契約



すみれと付き合って、半月ほどが経った。

最初はどこかぎこちなさもあったものの、仮の恋人として10日間毎日一緒にいたことと、付き合ってからもこうしてふたりで過ごす時間をたびたび作っていることもあってか、だんだんとその心も打ち解けているように感じる。



元々は、5つ下の後輩であり、同じ部署の部下だったすみれは、真面目で責任感もあるし、仕事もよく出来る立派な社員だ。

本来なら下の方でも役職についてもいいだろうし、大きな仕事だって任せてもいいくらいだろう。けれど。



『次の大きな企画、お前のところの市原にリーダーを任せようと思うんだが……どう思う?』

『市原、ですか?あー……やらせたいのは山々、なんですけど』



上司からの申し出に渋りたくなるほど、彼女自身に自信がない。

いつもオドオドして、すぐ下を向いて、人の顔色を伺い、ひとりで背負ってばかりいる。

自分の意思などひとつも言えず、押し付けられる仕事すらも断れない。



『市原さーん、この仕事おねがーい』

『えっ、あ……でも、』



頑張れ。頑張って、自分の意思を伝えて断れ。



『私今忙しくってさぁ。ね。いいよね?』



頑張れ。頑張れ。



『……はい、』



……またか。

何度心の中で応援しても届かず、その顔はまた下を向く。けど、頑張ってる人間には報われてほしくて、その心に声をかけた。



だって、知っているから。

誰よりも懸命に仕事をしているその努力と、気に留められることがなくとも、丁寧に花を飾っている健気さを。



見つめているのに、届かないまま過ぎるもどかしい日々。



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