午前0時の恋人契約
そもそも、なぜこんなことになったのか。
全ては今から3日ほど前にさかのぼる。
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「全店売れ筋リストあがりましたー」
「昨日の件、首都圏内店舗全店に連絡回したか?」
「おーい、営業の田辺どこだ!電話ー!」
その日も私が勤める会社は、朝からバタバタと忙しなく人が動き回り、あれこれと声が飛び交っていた。
「市原さーん、この仕事急ぎでお願い!」
「あっ、はいっ」
『株式会社ファインドラッグ』は、首都圏を中心に全国各地に店舗を持つドラッグストア。
その本部である、新橋にある本社ビルで、私は広報企画部の事務員として働いている。
パソコンの画面を見れば、セミロングの黒いワンレンヘアの自分の姿が写り込んだ。
相変わらず化粧も薄く、華やかさのない顔立ちに、まじまじと見ることはやめて回ってきた仕事を片付けていく。
いたって普通、むしろ地味な会社員だ。
でもまぁ、地味は地味なりに、毎日平和に過ごせている。……多少、問題はあれど。
「市原さーん、今ヒマ〜?」
すると、声をかけてきたのは同僚である女性社員、越谷さん。
白いインナーに紺色のカーディガン、という地味な色合いの服装の私とは対照的な、明るい黄色のジャケットを着た彼女は、私を見るとにこりと笑う。
……きた。
心のなかでは嫌な反応をしながら、現実では逃げることも出来ず私は席に座ったまま彼女を見上げた。
「ど、どうかしましたか?」
「ちょっと頼みたい仕事があってさぁ。あ、ヒマそうだね〜よかったよかった!」
「えっ!?いえ、私今……」
「じゃ、コレおねがーい。ヨロシクね〜」
こちらの返事など、そもそも聞く気はないのだろう。
越谷さんはファイルを数冊、無理矢理押し付けるように私のデスクにどかっと置くと、足取り軽く、仕切りで区切られた向こうにある自分のフロアへと戻って行った。