午前0時の恋人契約
彼は岬貴人といって、30歳にしてうちの部署の課長を勤める私の上司だ。
凛々しい印象の右で分けた黒い髪に、シャープな輪郭。通った鼻筋と彫りの深い、綺麗な顔をしたひとだと思う。
紺色のスーツも、背の高いその身体によく似合っている。
けど、そのかっこいいという印象を消してしまうくらい、彼は厳しい。
自分にはもちろん他人にも厳しく、いつでも冷静沈着でズバズバと意見を述べてくる。
愛想があるほうではないから、褒めても叱っても笑顔ひとつなく……私にとって彼は、怖い存在だ。
仕事が出来るから男女ともに皆に頼られる、人望のある人だけれど。
そう、仕事を押し付ける同僚と怖い上司を除けば、平凡な私の毎日。
どっちももう少し自分がしっかりすれば済む話でもあるんだろうけど……仕事を断って相手の機嫌を損ねるのも、上司に噛み付いて居づらくなるのも、いやだ。
「……はぁ、」
一層深い溜息は出るけれど、頑張ろう。
そう仕事を始めようとした時、机の上のスマートフォンがヴー、と小さく震えた。
メール……?
誰だろう、とついすぐ確認するようにメールを開くと、そこには『送信者:お父さん』の文字が表示される。
お父さん……どうしたんだろ。
本文を見ると、『今夜時間あるか?久しぶりに食事しよう』と、これまたいきなりのお誘いメール。
普段は時間のない忙しい人だから、急遽時間ができたのだろう。お父さんからの食事の誘いは、いつもこうしていきなりだ。
『いいよ。少し残業になるかもしれないけど』……と。
画面の文字をススッとタップしてそうメールを送ると、気を取り直して仕事へ取り組む。