午前0時の恋人契約
「普段の仕事でも色んな人間と食事をするが、姿勢が悪かったりマナーを知らなかったり、女でも品の良くない奴も多いからな。お前、両親からいい教育を受けたんだろうな」
『両親からいい教育を』……か。
伸びた背筋も、フォークとナイフの使い方も、今では当たり前のことだったから気にもしなかった。
けれどその言葉に思い出すのは、幼き日の自分のこと。
「……そう、ですね。姿勢やテーブルマナーは、一通り」
猫背だった背中を必死に伸ばして、持ち方も使い順も分からないナイフとフォークを、あれこれと持ってみたりして。
「父の、自慢の娘になりたかったんです」
ぼそ、とつぶやいた私に、今度は向かいの貴人さんが不思議そうに首を傾げた。
言葉が自然と出てきてしまうのは、きっと、彼がそのことを褒めてくれたから。
「私の父と母は、私が幼い頃に離婚して……私は一度母に引き取られたんですけど、いろいろあって中学生の頃に父の元へ引き取られたんです」
普段人に話すようなことじゃない内容の話。だけど今はひとつひとつ、言葉にして。
「父はその頃から会社を持っていたので、すごく忙しい人で。だけど、父は父なりに私との時間を作ろうと、2ヶ月に1度だけ時間を作って食事をしてくれたんです」