午前0時の恋人契約
彼氏をレンタルして、3日目。
普段より少し早い時間に目を覚ました私は、数本早い電車で出社し、まだひと気のあまりない社内をひとり歩いていた。
今日も無難な紺色のスカートの裾を揺らす私の手には、新聞紙でくるんだ小さな花束。
趣味で自宅のベランダや窓際で花を育てている私は、時折こうして綺麗に咲いた花を会社に持ってきて、フロアや応接室の隅にあまっていた花瓶に飾っている。
誰かが気付いてくれるわけでも、褒めてくれるわけでもない。
だけど、せっかく咲いた花もあんな小さな部屋で終わるより、沢山の人の目になにげなく入る方がきっと幸せだと思うから。
誰もいないエレベーターに乗り込むと、会社のフロアのある6階のボタンを押した。
カチ、とボタンを押した指先を、そのまままじまじと見つめ、思い出すのは昨夜の彼の手の感触。
「……手、大きかったなぁ」
夜の街の中、つないだ貴人さんの手は熱くごつごつとしていて、男の人の手だと感じた。
けどああやってすんなり手に触れて、簡単につないでしまうあたり、慣れているなぁ。
やっぱりプロは違う……!
それと比べていちいち意識してしまう私は、なんて素人丸出しなんだろう。いや、経験が乏しい分素人以下だろうか。
思い出しまたポッと赤くなる頬に、タイミングよく止まったエレベーターからおりた。
昨夜の貴人さんとの初めてのデート。
レンタル彼氏と過ごす時間。そう分かっていながらも、その時間を経てどこか少し浮かれそうになっている自分がいる。
意地悪で、意外と子供っぽくて、優しさを持っている。
そんな初めて見る顔に、彼へのイメージが少し変わった時間だった。