午前0時の恋人契約
「おはようございます……」
こそ、とフロアへ顔をのぞかせるものの、がらんとしたそこはまだ誰もおらず、静かな朝を迎えている。
まだ誰もいない、か。
とりあえずまず荷物を置き、小さな花瓶と花を手に廊下の端にある給湯室へと向かう。
すると、ドアがかすかに開いたままの給湯室からはなにやら人の声が聞こえた。
あれ、誰かいる……?
勢いよく開けて先輩や上司だったら気まずいよね。
そう隙間から中を覗き込むと、そこには小さな給湯室の中向かい合うふたりの男女の姿があった。
女性はこちらに背中を向けていてよく顔が見えないけれど……ウェーブのかかった茶色いロングヘアをした背の高いその人は、確か総務課の若い子だった気がする。
それに対して目の前にいるのは……黒いスーツを着た、彼。貴人さんだ。
って、いけないいけない。会社では『岬課長』だ。咄嗟に言ってしまわないように気をつけなくちゃ。
呼ぶまではあんなに呼びづらかったのに、昨日1日呼んだら今度はそっちがクセになってしまう。
オンとオフの切り替えが難しいなぁ……。
そんなことを考えながら、入って大丈夫だろうかとふたりの会話を伺う。
「あの……私、岬課長のことが好きなんです!」
って、えぇ!?
ところが聞こえてきた女性の言葉は、予想外の告白。
み、岬課長のことが……好き?
って、これって、もしかして、もしかしなくても告白シーン?
と、とんでもない光景に出くわしてしまった……!!
当事者である部屋の中の彼女の方が、当然緊張しているだろう。けれど、見ているだけの私にも同じくらいの緊張がはしる。
どっどうしよう……見ちゃいけないシーンだ。
けど今ここから逃げ出そうものなら、私のことだから足音でバレてしまうかもしれない。
そう思うと動くことは出来ず、一層こそこそと気配を消しながら、給湯室の中をのぞいた。