午前0時の恋人契約



「……岬課長、モテるんですね」

「まぁな。それなりに」



って、否定しないんだ。

自慢げに言うでもなく、謙遜をするでもなく、普通の顔で頷くとその目は私の手元へととまる。



「それ、いつも飾ってくれてるよな」

「え?あ……知ってたんですか」

「朝早く来て仕事してる時に、たまに見かけてたから」



そして細い指先で私の手にしていた花のなかのひとつ、アリッサムの白い花びらに触れた。



「この花、いつもどうしてるんだ?まさか買ってきてるわけじゃないだろうな」

「いえ、自宅で育ててるんです。折角なのでフロアにも飾ろうと思って」

「自宅で?へぇ、すごいな」



感心したように花をますますよく見る彼に、少し照れてくすぐったい。



「あ、そういえば今夜だけど……」

「あっ、岬課長おはようございまーす」



続けて話そうとした言葉を遮るように響いたのは、同じフロアの男性社員たちの声。

いつも通りの様子で声をかけてくる彼らに、岬課長は壁から手を離し私から距離をとると、そのままフロアへと向かって行く。



……一気に、他人の距離。

そう、だよね。今は他人の時間だもん。日頃あまり接点のない私たちがやけに近く話していて、万が一バレたら大変。

そう分かっていながらも、どこか少し落ち込む心で給湯室へ入る。



「岬課長ー、早速ですけど昨日の件確認してもらっていいですか?」

「あとこっちもお願いしまーす」



花瓶に花を生けながら、廊下から聞こえてくるのは、今日も『岬課長』を呼ぶ声。



やっぱり、違う世界の人だなぁ。

もともと近い世界の人だとは思っていなかったけれど、昨日あれだけ近くに感じたせいか、今日の距離はいつも以上に遠い。


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