午前0時の恋人契約
「……よし、」
時刻は、15時半になろうとしている頃。
私は目の前の画面に表示された、入力途中の企画書から顔を上げた。
今のところ、今日の仕事は順調。この企画書も、残りの時間を使って仕上げれば、明日の締め切りには間に合いそうだ。
越谷さんからの仕事もこないし、今日はなかなかいい感じに終わりそうな予感……。
めずらしく平穏な仕事内容に、安心感と嬉しさで小さく笑う。
「市原さーん、この仕事おねがーい」
……が。タイミングがいいのか悪いのか、そう思った途端にデスクに置かれた書類。
それはやはり越谷さんが持ってきた仕事らしく、彼女は今日も耳もとに大きなピアスを揺らして笑う。
「……あの、越谷さん。今日は……その、」
「私今日すっごく忙しくてさぁ。頼れるの市原さんしかいないの〜。ね?」
うっ……またいつものパターン。
越谷さんがすごく忙しいという時は、仕事でじゃなくお喋りで、の意味だ。
以前はまともに信じてしまっていたけれど、さすがにもう信じはしない。それでもいつも、分かっていても断りきれず引き受けてしまうのだけれど。
でも今日は、この企画書を終わらせないと……。
今晩残業になれば、当然彼に貴人さんとしても怒られる。企画書が遅れれば明日は岬課長としても怒られる。
どちらにせよ、あの怖い顔に叱られることは確定してしまうのだ。
『おいこら、市原!!』と怒るあの顔を想像してぞっとすると、当然頷けない。