午前0時の恋人契約
やってきたのは、駅からそう遠くない場所にある大きな映画館。
カップルや学生がまばらにいる、赤い絨毯の広々とした館内で、私と彼はふたり並んで上映作品の一覧を見上げた。
「映画、どれにしましょうか?」
「俺はどれでも構わないが……すみれは?」
「私もどれでも大丈夫です」
今上映している映画は、ラブストーリーにアクション、ミステリーにアニメ……とジャンルは様々だ。
そんな中で『これ』と選ぶことは出来ず、元々映画はどんなジャンルも好きだから本当にどれでも構わない。そんな気持ちから託すと、彼はうーんと少し悩む。
「じゃあ、今から1番近い時間帯の映画にするか」
「いいですね、そうしましょう」
どれ、と決めず1番近い時間帯の映画にする。そんな映画の選び方はしたことがなくて、少しわくわくしてしまう。
「えーと、今が19時半、1番近いのが……あ。ありました。19時45分からですね」
近い時間帯をすぐに見つければ、そこにあるタイトルは『どす黒い家の底から』……と、それはなんとも禍々しい文字のホラー映画らしい。
「ホラー映画みたいですね、面白そう」
お化け屋敷とかは苦手だけど、ホラー映画はわりと得意だ。
ところが、ポスターから隣の彼へと視線を移すと、その顔は眉間にシワを寄せ固まっている。
「あれ……貴人さん?」
下から顔を覗き込んで見るものの、彼はやはり固まったまま。
この反応は、もしかして……えーと。
「……もしかして、ホラー苦手ですか?」
「なっ、なわけあるか!!平気だ!全然平気だ!!」
強がっているのだろう。けど貴人さん、その必死さが余計苦手そうですよ……!
「苦手なようでしたら、べつに他のものでも……」
「いや、決めたことだからな。全然平気だ。全然いける」
「けど……」
彼はそう言い切ると、チケット売り場へずんずんと向かい戻ってくる。
その手には『どす黒い家の底から』と書かれたチケットを2枚持って。
「行くぞ」
「は、はいっ」
本当に大丈夫なのかなぁ……。
平気、大丈夫、その言葉を自分自身に言い聞かせるように繰り返す貴人さんに、不安だけが感じられる。