午前0時の恋人契約
その夜。父から指定されたのは、銀座にある和食料理の店。
しゃぶしゃぶが有名とのことで、以前テレビに出ていたのを見たことがある気がする。
普段友人とではこないような、いかにも高そうな雰囲気漂う静かな店内を店員さんの案内で歩き、一番奥の個室に入ると、掘りごたつの形の席で、すでに待ちわびていた父が早くも日本酒を半分近く開けていた。
「お父さん、お待たせ……ってまたそんなに飲んでる」
「おぉ、すみれ!久しぶりだな!」
もう、と呆れたように言うと、白髪まじりの背の高い父は目元に深いシワを寄せて「はっはっは」と豪快に笑う。
「遅かったな、残業か?」
「うん、ちょっと今日の分の仕事がたまってて」
「そうかそうか、忙しいのはいいことだぞ!暇より楽しい!」
楽しいって……こっちの気持ちも知らないで。元々仕事好きな父らしい言葉に、苦笑いがこぼれる。
カーディガンの袖をまくり、用意されていたおしぼりで手を拭いていると、店員さんは待っていましたと言わんばかりに、お肉や野菜など、しゃぶしゃぶの具材を運んできた。
「ところで、お前今いくつだ?」
「え?あぁ、歳?27だよ」
「そうか、27か。娘の成長は早いものだなぁ。いやぁ、この前うちの社員が社内恋愛で結婚したそうでな。そういえばお前ももうそんな年頃だなとか思ったりもして……」
唐突な問いからうんうんと語り出す父の話を聞きながら、私は目の前の鍋でサッとお肉をくぐらせ、タレをつけて食べ始める。
うん、牛肉が柔らかくておいしい。ポン酢もあっさりで好きだけど、ゴマだれが一番好きかな。
「ってすみれ、お父さんの話聞いてるかい?」
「うん。それで、つまり?」
回りくどい言い方で長くなりそうな話を簡潔にするため、率直に問う。
するとお父さんは「うーん」と少し考えてから、言いづらそうに口を開いた。