午前0時の恋人契約
「市原さん!」
貴人さんと映画を観に行った日の、翌日。
突然響いた声にはっと我にかえれば、目の前には冷や汗をかいた、気まずそうな顔をした茶髪の男の子……津賀くん。
「ご、ごめん。ちょっとぼーっとしてた」
いつもなら『なにぼんやりしてるんですかー!』と笑う彼が、「向こう!向こう!」と小声で指差す方向を見る。
そこには、いつも通り皆がバタバタと仕事をするフロアがある……はずが、皆ヒヤヒヤとした目で私ともう一方を見ていた。
「ん?なに……?」
不思議に思いながら目を向ければ、そのもう一方にあるのはデスクで頬杖をつきこちらを睨む、怒った様子の貴人さん……。
「ほう、ぼーっとしてたか。人がさっきから何度も何度も何っっ度も呼んでるのになぁ?」
「す、すみません!!」
ひ、ひぃー!!気付かなかった!!
何度呼んでもぼんやりして返事をしない私。それに段々怒りの込み上げる貴人さんに、周りの皆はヒヤヒヤし、見兼ねた津賀くんが声をかけてくれたのだろう。
状況を把握し、自分がまずいことをしてしまったと気付いた私は慌てて席を立ち貴人さんのデスクへと駆け寄った。
「昨日出した企画書、企画会議に出すために修正案出したから確認しておくように。詳しくはメールで送ってある」
「あっはい!ありがとうございます!」
ぺこりと頭を下げると、バタバタとまた自分のデスクに戻りパソコンのファイルを開く。
あぁもう、よりによって貴人さんに呼ばれた時にぼーっとしていたなんて……!絶対浮かれてるって勘違いされた!
今は仕事中!シャキッとしないと!
そう気合いを入れ直し、いつものように『企画修正案』と書かれたファイルを探す。が、彼が送ったというデータが一向に見つからない。