午前0時の恋人契約
「あれ……たか、じゃない、岬課長。そのデータってどこにありますか?」
「あぁ?社内メールに添付してあるだろ。よく見ろ」
「見てるんですけど……」
マウスを片手にカチカチとファイルを探す私に、彼はまどろっこしそうにこちらへ来ると背後から画面を覗き込む。
「あ、それ。このメールの添付ファイルの一番最後」
そしていたって自然に、私の右手に自分の右手を重ねるようにマウスを操作した。
あまりにも突然に触れたその手は、昨日の感触を思い出させ、またこの心臓をドキッとさせる。
ち、近い!近いです!貴人さんー!!
手だけでもドキドキしてしまうのに、顔のすぐ横にあるその顔と、揺れる黒髪。ほのかに香る彼の匂いがまた一層意識を強くする。
……微かな香水と、そこに混じるアイロンののりの匂い。
耳元で響く低い声は、脳の奥へと響いて。
「市原、ちょっと」
「はっはいいっ!」
その意識を正気に戻すように他から呼ばれた名前に、つい勢いよく立ち上がる。すると、ゴッ!と鳴った音と肩になにかがぶつかった感触。
「ん?……あっ」
「っ〜……」
なんだろう、と振り向けば、痛そうに顎をさする貴人さんの姿。
私のすぐ横に彼の顔があったということは、いきなり立ち上がったせいで肩がその顎にぶつかってしまったわけで……。
「すっすみません!重ね重ねすみませんー!!」
「……お前……今夜覚えておけよ……」
ひ……ひぃー!!更にやらかしてしまったー!!
周囲に聞こえないように小声で囁くその一言に、言いようのない恐怖を感じ、冷や汗が全身の毛穴からぶわっと噴き出す。
それを拭う暇もなく、逃げるように先ほど名前を呼ぶ声がした廊下へと駆け出した。