午前0時の恋人契約
あぁ……絶対あとで思い切り叱られる……!
全力で謝ろう、土下座しよう……!
そう心に決め廊下へと出ると、そこにはふくよかな中年男性……営業部の部長と、越谷さんのふたりが待ち受けていた。
ふたりともけわしい顔で、なにやら不穏な雰囲気だ。
「あれ……部長に越谷さん、どうかされたんですか?」
「市原、これはどういうことだ?」
「え?」
そう部長が見せてきたのは、営業事務の仕事のひとつである、とある大手製薬会社宛ての発注書。
全店舗から希望数を聞き取って本社から発注をかける、まとまった個数で発注をかけることで値下げ交渉を行うといったよくある取引内容のものだ。
ところがよくよく見ればそれは、どの商品も全店分空欄のままで、まっさらなまま。
締め切りはもう数日過ぎているというのに、未完成の発注書だった。
「これ……」
「取引先から『まだ発注がきていない』との連絡で確認して見ればこの通りだ。取引先には謝って明日まで待ってもらえることになったが……」
変わらず渋い顔の部長の手から発注書を受け取り見ると、担当者欄には『越谷』の文字。
だけど……どうして私に?
「聞けばこの仕事、お前が受け持ったそうだな?」
「え……?」
私、が?
ううん、そんなわけがない。そもそもは営業事務の仕事だし、仮に越谷さんから頼まれたことだとしても、頼まれた仕事は全てその日のうちに終わらせている。ましてやこんなに大きな仕事、やり忘れるはずがない。
「わ、私知りません!頼まれた仕事は漏れなくやっていますし……頼まれてもいません」
「だが……頼んだんだろう?越谷」
強く否定する私に、部長は少し戸惑った様子で越谷さんを見る。
けれど彼女はマスカラのたっぷりついた長い睫毛を瞬きひとつさせず頷いた。