午前0時の恋人契約
「はい。その日私すっごく忙しかったんで、いつもなら自分でやる仕事なんですけど、市原さんに任せたんです」
「そんな……」
「市原さん、その時は『私に任せて』って言ってくれたけど、自分名前の仕事じゃないからって後回しにして忘れてたんじゃないですか?」
そんなことを言った覚えもないし、やっぱり私の元へはきていない仕事だ。
違う、私じゃない、そう否定しようとするものの、自分の部署のメンバーである越谷さんの言うことを信じきっているのだろう。部長は私を疑いの目で見た。
その隣では越谷さんから、鋭くきつい目を向けられ、つい言葉が喉で詰まる。
否定、しなきゃ。違うって、言い切らなきゃ。
私ひとりのせいになって、また同じことを繰り返す。そう分かっているのに。
『どうせなんの役にも立たないんだからさ、へらへら笑って頷いてればいいのに』
思い出す、昨日の言葉。それと同時に先ほどの記憶も込み上げて、声が出ない。
怖い、嫌われる。
空気を、読まなきゃ。
なにもできない、役立たずの私は、その分人に好かれるための努力をしなきゃ。
はい、はい、そう頷くだけ。それだけ、だ。
「……すみません、でした……」
泣き出しそうな顔を隠すように、深く下げた頭。しぼりだす声は、静かな廊下に情けなく響く。
「謝るより先に仕事を片付けるべきだろう。明日までに終わらせれば、上への報告はせずにしておいてやる」
「……はい、必ず終わらせます」
約束させたことで納得したのか、部長は私から頭をあげるより先にその場を去って行った。
ゆっくり頭を上げれば、目の前では腕を組む越谷さんがにやりと笑みを浮かべ立っている。