午前0時の恋人契約
「……お前、結婚はしないのか?」
「へ?」
結婚?
これまで聞かれたことのなかった話題なだけに、その一言に驚き、箸でつまんでいたお肉が手元の器にべちゃ、と落ちた。
「なに?いきなり……結婚だなんて」
「いや、27となればもうそういう話が出てもいい歳だろう?今まであえて口には出さなかったが、実は父さんも気にしていたというか、心配していたというかだな……」
遠慮がちにごにょごにょと言う父に、さすがに再度お肉を食べようとする手を止め、器と箸をテーブルに置いた。
「うーん……まぁ、予定はない、かな。この先する気も、特にないよ」
「母さんのことがあるから気乗りしないのは分かるが……だけどな、お父さんとしてはすみれに一生ひとりでいてほしいとは思わないんだ。誰かと家庭を築く幸せを知ってほしい」
「バツイチが言うのも説得力がないけどな」と笑う父に、娘としてはやはり少し申し訳ない気持ちになってしまう。
そう、だよね。私の友達だって、もう皆結婚したり子供がいたり、未婚でも彼氏と同棲していたり……と、そういう話が当たり前。
そんな中で、予定もこの先する気もない、と言われては、父親としては悲しいだろう。
……でも、そういう気がないんだもん。仕方ないよね。
だって私にはそもそも、誰かを好きになったり、恋をする勇気がない。
「……だが、お前自身にそういう気持ちがないのなら、仕方がないよな」
「うん、ごめんねお父さん。私……」
「実はお前がそう言うと思って、見合い話を持ってきたんだ」
って……お、お見合い??
「へ……?」
さらに驚ききょとんとする私に、父は隣に置いてあった黒い鞄からなにかを取り出したかと思えば、しゃぶしゃぶ鍋の横にどさりと積み上げた。
それは十何枚はあろうかという封筒で、そのうちのひとつを手に取り恐る恐る中身を見れば、そこにはスーツを着た同じ歳くらいの男性の写真と、名前や学歴・趣味などがつらつらと書いてある紙が入っている。
こ、これは……俗に言う、お見合い写真というやつでは。
一度は見た写真をそっと封筒へと戻し、また封筒の山へと重ねた。