午前0時の恋人契約
壁に掛けられた時計が19時を指す頃。
ひと気のない静かなフロアには、カタカタカタ……とキーボードを打つ音だけが響いている。
ほとんどの人が先に仕事を終え会社をあとにした広いフロアの中で、ひとり残った私は無言で昼間の発注書の件を片付けていた。
1店舗ごとに内容が結構細かい。終電までに終わるかな……。
そんな不安を抱えながら、各店舗ごとに品番と個数、納期を細かく指定していく。
このペースだと、正直終電で終わるかは不明だ。終電ダメだったらタクシー……は、さすがにちょっと料金的に痛い。
でも今日中に終わらせないと。……貴人さんとのデートも、断ってしまったのだから。
今日はさすがに無理だと判断した私は、あの後すぐ社内メールで彼へ『本日、発注書のミスで残業します』と、業務的な言い方をしながら今日の約束を断った。
彼からの返信はなかったけれど、『あれほど言ったのに』と呆れられているだろう。
「……はぁ、」
小さくついた溜息と同時に、ガチャ、と開けられたフロアのドア。
まだ誰かいたのかな、となにげなしに目を向ければ、そこには書類の束を手にした貴人さんの姿があった。
「あれ……残業、されてたんですか?」
「どっかの誰かにデート断られたからな。仕方なく仕事だ」
「うっ……すみません」
チク、と刺すようなその言い方に、気まずく視線をパソコンへと移す。
そんな私に、彼は革靴をコツ、と鳴らしこちらへと近付いた。
「営業部の部長から聞いた。お前頼まれてた仕事やり忘れてたんだって?」
違う、そうじゃない。その言葉をまた飲み込んで、へらっと笑う。
「……そうなんです、つい、うっかり。すみません」
けれどそんな愛想笑いを吹き飛ばすように、後ろに立つ彼は私のデスクをバン!と叩いた。
「なんで否定しないんだよ、お前は」
その目は、いつも以上に冷ややかな、苛立ったような鋭い目つきで。