午前0時の恋人契約



「……分かりたくもねぇよ、お前みたいな臆病者の気持ちなんて」



突き放すその一言を残して、貴人さんはフロアを去って行った。

そんな彼を気にすることなく、私はパソコンへ向き直り仕事を再開させる。



分かりたくもない、か。

彼みたいな強い人には、臆病な私の気持ちなんて、分かる必要もないだろう。

やっぱり冷たい人、きつい人。



あんな人にかまってる暇はない。臆病者は臆病者らしく、おとなしく仕事をするだけ。

そう、思うのに。画面を映す視界は、涙でにじみぼやけてしまう。



「っ……」



ぽた、と一粒机の上にこぼれる涙は、ぽた、ぽた、と次々とこぼれだす。



……分かってる。

彼の言葉が、正しいこと。



私はただの臆病者で、それを言い訳にラクなほうへ逃げているだけ。



皆に好かれて中心にいる?

彼が頼られるのは、それだけ頑張っているから。

朝早くから夜遅くまで、時にはお昼だって休まずに。人の倍以上の仕事をこなしているから、実力が伴っているだけ。



世界が違う人?

違う。誰にでも拒むことなく向き合うから、周りも向き合い惹かれるだけ。

全て、彼の努力がもたらした結果。



臆病で、本当の気持ちひとつすら隠している、そんな私を誰も信頼などするわけがない。

好かれるために、空気を読んで努力をしていること、きっと周りにだって本当はバレている。上辺には、上辺でしか返ってこないから。



それを勝手に線引きして、どうせ世界が違うのだからと言い訳をしているだけ。

本当はこんな自分が情けなくて、かっこ悪くて、悔しくて。

こんな自分が、大嫌い。



「っ……うっ……、ぐすっ……」



変わりたい。

変わりたいよ、本当は。



強くなりたい。誰かに嫌われても、平気でいられるくらい。凛とした人になりたい。

だけどどうしたらいいのかが分からないの。怖くて、頭の中では今もまだ、あの頃の記憶が張り付いて消えないの。



本当は、ずっとずっと、心の中で願っていた。



つよく なりたい






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