午前0時の恋人契約
「……終わった……」
疲労感に満ちたふらふらとした足取りでフロアを出る、23時。
あの後、泣きながらもひたすら必死に仕事をした私は、なんとか予定よりも早く仕事を終わらせることが出来、ようやく帰路へつこうとしていた。
窓ガラスに映った自分の顔は、涙で化粧がにじみ、おまけに疲れもあって、それはひどい顔をしている。
この顔で電車乗るの……いやだな。
とは思うものの、電車に乗らなければ帰れない。ごし、と手の甲で目の下についたままだったマスカラのかすを拭うと、ビルを出ようとエレベーターへと向かう。
「終わったか?」
「え?」
この声は……?
もう誰もいないはずの廊下に響いた声に振り向けば、そこには先ほど背中を向けて去って行ったはずの貴人さんの姿。
どうして……彼が、ここに?
「もう、帰ったんじゃ……?」
「そのつもりだったんだけどな。おい、今何時だ?」
「え?今……23時、5分です」
じ、時間?
いきなり聞かれたことに戸惑いながらも、腕時計を見て正確な時間を伝えると、彼はふん、と鼻で笑う。
「なら0時まではあと1時間弱あるな。来い」
「え?わっ、」
そして私の手を引くと、やってきたエレベーターへと乗り込む。押されたボタンは『6』の最上階を示す数字。
「あの……どこへ行くんですか?」
「上だよ、上」
「上……?」
そして6階へと着くと、彼はそのまま手を引き歩き、そこから階段で更に上へとのぼりドアノブへと手をかけた。
ガチャ、と開けたドアの向こうに広がるのは、広々とした屋上。
ビルとビルの間に立つこのビルはあまり大きいほうではないけれど、柵から見下ろせば東京の街のあかりがチカチカときらめいている。