午前0時の恋人契約



「屋上……初めて来ました」

「だろうな。屋上に上がれるって知ってる奴もほんの一部だろうし」



ひゅう、と吹く涼しい夜風に揺れる髪をおさえると、彼は手にしていた鞄から缶コーヒーを二本取り出し、そのうちの一本を私へと差し出した。



「お疲れ。ほら、ご褒美だ」

「……今日は、ブラックじゃないですよね?」

「はは、この前気付かずに飲んだのか?バカだな」



先日の優しさに見せかけたブラックコーヒーは、やはりわざとだったらしい。

からかうように笑うその手からコーヒーを受け取ると、開封しひと口飲んだ。

ミルク多めの甘い味に、心は少しほっとする。



「この時間まで、待っててくれたんですか?」

「あぁ。0時までは、お前との恋人としての時間だからな」



ふたりで、柵から街を見下ろす。隣に立つ、少し高い位置にある彼の顔は、街のあかりで赤にも緑にもてらされる。



「……0時すぎまで終わらなかったらどうするつもりだったんですか」

「そりゃあ置いて帰るに決まってる。けど、終わるって信じてたよ。真面目で丁寧なのに早いのがお前の仕事の長所だから」



信じて、くれていた?

私のこと、私の仕事を信じて、レンタル彼氏としての時間を律儀に守って、ひとり待ってくれていた。

ふたり過ごす、この時間のために。



私は、彼にあんなに最低な言い方をしたのに。



「……貴人、さん」

「ん?なんだよ」



こちらを向いたその瞳に、私は思い切り頭を下げる。



「さっきは、ごめんなさいっ……!自分勝手な、八つ当たりでした」



図星を突かれて、恥ずかしかった。ただの八つ当たり。



「貴人さんの言う通りなんです。私は、ただの臆病者で……人の顔色を伺って、自分が損をするとしても、それ以上に嫌われるのが怖くて」



謝っても、彼に嫌な気持ちをさせたことは変わらない。自分のダメなところを、八つ当たりでぶつけたことには、変わらない。

だけど、伝えたいと思った。



こんな私を信じてくれたあなたに、この心の、ほんの一部でも。

知ってほしいと、思ったんだ。





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