午前0時の恋人契約
「嫌われたくなくて、悩んだりしないんですか?」
「そうだな。悩む暇があるなら仕事でもするかな」
「え?」
悩む暇があるなら?
首を傾げると、その目はじっとこの目を見つめる。
「地道に真面目に仕事をやっていれば、信頼も結果もついてくる。人に誠意を持って接すれば、誠意になって返ってくる。いつだってその繰り返しだ」
「繰り、返し……」
「悩んだり媚を売る暇があるなら、そうやってひとつひとつ戦って、力にしていく。きっとそれは俺だけじゃない、誰だってどこかで毎日なにかと戦ってるんだよ」
戦って、いる。
皆、思いややり方はそれぞれ違えど、毎日どこかで、なにかと。
それは、私が弱い自分から変わりたいと願うように。
「だから、お前がなににそんなに怯えてるのか知らないけど、そのままでいい」
「そのまま……?」
「すみれが思うままに笑っていれば、人は惹かれて寄ってくる。素直な気持ちを言えば、素直な言葉が返ってくる。それは時に傷つくものかもしれないし、嬉しいものかもしれない」
人から返ってくる素直な気持ち。それは、きっと都合のいいものばかりではない。
でも、そうだとしても。
「でも、全部ひっくるめてひとつひとつ力にしろ。糧にしろ」
全部を、自分の力に。
いいことも悪いことも受け止めて、そうやって強くなっていくんだ。
「いざという時は、俺がいてやる。だから大丈夫だ」
貴人さんはしっかりとそう言い切ると、両手で私の顔を包むように触れ、笑う。
その瞳は、あかりにきらきらと輝いて。
思うままに、なんてきっと簡単なことじゃない。勇気がいるし、怖いことばかり。
だけど、あなたがいてくれるのなら。あなたが大丈夫だと、言ってくれるのなら。
単純かもしれないけど、大丈夫かもしれないって思えてしまうんだ。
「……はい、」
弱い私と向き合って、強くなりたいという願いを笑うことなく聞いてくれた。
そんな彼の優しさに、一層涙が込み上げる。
彼の優しさが嬉しい。だけど、甘えてばかりじゃきっとダメ。
前を向いて、頑張らなくちゃ。
少しずつ、少しずつでも。その心に、応えるように。
思いを見守るように、ふたりの頭上の夜空にはチカチカと星が輝いていた。