午前0時の恋人契約
「な、なによその目……わかったわよ、もういい!」
いつも通り、ここで折れると思ったのだろう。まさか私が見つめ返すとは思わなかったようで、彼女は動揺したように書類を手に去って行った。
「……ふぅ、」
……言え、た。
安心感から、大きなため息をつくと、隣で一部始終を見ていた津賀くんが正面から私を抱きしめた。
「わっ、津賀くん?」
「よくやった市原さん!えらいえらい!!」
私のことにも関わらず、本気で褒めてくれているのだろう。彼は抱きしめたままの手でバシバシと私の肩を叩く。
仮にも女性が男性に抱きしめられているというのに、まるで子供か犬を褒めるかのようなその光景にまるで色気はなく、周囲の人々すらも『なにやってんだよ津賀〜』と笑いながらこちらを見た。
「いやー、今のかっこよかった!見直した!ちゃんと言えるんじゃないですか!」
「う、うん……すごい緊張したけど」
「でもえらいですよ!超進歩したじゃないですか!」
どちらが年上か分からないこの褒められ方……!
だけど、ここまで褒めてもらえるほど勇気を出せたのは、貴人さんのおかげだ。
貴人さんの言葉が、あったから。
彼が私を、変えてくれた。
「おい、津賀。今日は店舗巡回の日じゃないのか?」
すると、そこに響いたのは貴人さんの低い声。
あ、貴人さん……と津賀くんの腕から離れ顔を向ければ、こちらを見るその顔は、眉間に深くシワを寄せ鋭く睨みつけている。
って、なんか怒ってる……!?
先ほどの越谷さんとのやりとり以上にその場に走る緊張感にビクッと身を正す。そんな一方で、津賀くんは気付いていないのか普通の顔で「あ」と思い出したように頭をかいた。