午前0時の恋人契約
「やべ、もうこんな時間。んじゃ行ってきまーす」
「い、いってらっしゃい……」
スタスタとその場を後にする津賀くんに、彼の鋭い目はその場に残された私ひとりに向けられる。
「市原。お前は向こうで資料作りを手伝え」
「え!?あっはい!」
そう静かに言うと手招きをする彼に、あとに続くようにフロアの外へと向かった。
そしてやってきた、フロアから少し離れた位置にある小さな会議室では、紙のめくれる音とホチキスのパチンという音だけが響く。
……き、気まずい。
私と貴人さん、ふたりきりのこの部屋。
慣れた様子で紙を綴じる彼の隣で、長テーブルに並べられた資料たちを一枚一枚重ね合わせると、それをパチンとホチキスで留める。そんなふたりに目立った会話はない。
「あ……あの、さっき怒ってました?」
「別に。怒ってない」
そのそっけない言い方が、すでに怒っている気がするんですけど……。
「つーかあいつ、津賀。いちいち異性と距離が近いんだよ、セクハラだろあれ」
「へ?」
それは先ほどの津賀くんのハグのことを言っているのだろうか。突然の彼の名前に、きょとんと首を傾げてしまう。
そんな私に、貴人さんは一層厳しい目を向けた。
「お前もお前だ。一応先輩なんだからシャキッとしろ、どっちが年上かわからないだろうが」
「あっ、はい!すみません……」
あぁ、さっき彼が怒っていた理由がなんとなくわかったかもしれない。
私が津賀くんより先輩らしくなくて、シャキッとしないから怒っていたんだ……!
ハッとして、今からでも少しでもシャキッとしようと背筋を一層ピンと正す私に、彼は眉間にシワを寄せたまま意味がわからなそうに見た。