午前0時の恋人契約



「子供の頃に親が離婚して、最初は母に引き取られたんですけど……母は、その、異性関係がだらしないタイプの人で」



自分にとっての母という人は、他の人から聞くものとは違う存在。

いつも濃い化粧に、きつい香水を漂わせ、高いヒールを履いた派手な人だった。



水商売をしていたから、夜はいつもひとり。朝方にお酒の匂いを漂わせ、酔いつぶれて帰ってくるのはいつものことで、時折深夜に男性と帰ってきては、私をトイレに押し込んで、耳を塞いで黙っているように命じた。

そんな母に感じたのは、母性とかぬくもりとか、そんなものではなく、『女』、そのもの。



「男の人と付き合って、すぐ別れての繰り返し。相手と上手くいかなくなる度に母は『あんたがいい子にしないから』って、私を叩きました」



抱きしめられた記憶も、手をつないだ記憶もない。その手に感じた感覚は、痛みだけだった。



「……言っちゃ悪いが、なんでそんな母親が子供を引き取った?親権なら父親にだって権利はあっただろ」

「その頃は父も忙しく母の方が有利だったのと、本人いわく“離婚して女手一つで頑張って子供を育ててる私”をつくるための道具、だったそうで」



横になり、顔を背けたままだった彼からの小さな一言に、自分でつぶやいた『道具』という言葉。

そう、自分の価値はあの人にとってそのためでしかなかったんだ。



「母と母の恋人の機嫌をとるために、空気を読んで、愛想笑いをしてばかりいました。それでも子供だった私は、頼れるのは母しかいなかったから……嫌われたくなくて、怒られたり見捨てられたりしたくなくて、頑張った」




『どうせなんの役にも立たないんだから、空気読んで愛想よくしててよ』

『……でも、私……あの人、苦手……』

『はぁ!?あんたの意思なんて聞いてないから!!黙って笑ってればいいの!ほら!笑え!!』



叩かれても、罵られても、私には母しかいなかった。

父も、祖父母もいない。友達や学校の先生には、どう頼ったらいいかわからない。この人に見捨てられたら、おしまいだ。



そんな一心で、頑張って笑った。涙をこらえた。

苦しさに吐いて、痩せて、それでも母は気付かずに、満足感に笑っていた。



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